【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


組織について  「活・喝・勝」


緊張感がもたらす安定

かつて、ソ連とアメリカは冷戦時代であった。2大国があらゆる分野で競いあい、世界中の国が東西に二分し、一触即発の緊張関係にあった。その結果、お互いが核の切り札をけん制し、皮肉にも一種の安定期が生まれた。

その後、ソ連が崩壊したあとは、ご存知のとおり、アメリカ一国主義に対する敵の見えないテロとの戦いが始まり、冷戦時代よりも、むしろ不安定な情勢になったのかもしれない。

ある種一定の緊張感が安定をもたらすのである。

それは、人間関係にも言えることである。

男と女の関係では、仮に、愛情の大きさや量が数値で表せるとしたら、同じレベルの数値であることが望ましい。

愛して愛されてというバランスが大切なのだ。ところが、一方の愛情が上回ってしまうと、そちらから見ると愛情レベルが低く見え、愛されたい、愛されていないと欲求不満となる。そうなると、自分が与えることよりも、自分が与えられていないとことのほうが心の中で大きなウェイトを占めるようになってしまう。

そのようなバランスが崩れると、途端に人間関係はギクシャクするものである。

愛情とは、相手に与えることが心地よいのであって、相手から与えてほしいと思うようになると、その関係はギクシャクするものである。その典型が、一方的なストーカーだ。自分の愛情が、勝手に相手も自分を愛していると錯覚し、相手から愛情が得られない現実に混乱し、なぜ理解してくれないのかと一方的に追い回す。

「こんなにしてやっているのに」と考え始めるところから、愛は、憎に変化しつつある。してやっていることが悔しく思えた瞬間から、相手に与えることの感情は冷え切ってしまう。やがて、ストーカーは、もはや愛ではなく、憎しみとして相手を困らすことに考えが変化して行く。

ストーカーではないにしろ、熱しやすいタイプは要注意。若いカップルが、お互いに「絶対に浮気はしない」と誓い合ったりする。

「もうあなたのような人は二度と現れない」と言ったりする。

恋は盲目というが、少し冷静に考えると、ずっとこの相手とずっと一緒にいたいと思うのなら、適当な緊張関係を保つことが重要なのかもしれない。

「ずっとあなただけだ」と口だけの契約をするより、「現時点でのベターな相手だ。よりベターな相手が現れたら、それは仕方がないことだ」というのが本当であろう。

これは、自分が浮気をするかもしれないと言っているのではない。より素敵な人が現れればそちらに気が移るかもしれない、それは、自分に対してもそうである。だから、素敵である続けるための努力を惜しまない。

好きだ好きだと繰り返すより、お互いにけん制しあって、常に出会ったころの緊張感が最高の恋愛を継続できるのかもしれない。実際には、出会った頃よりも恋愛が深まっていくことは難しい?
のかもしれないが、少なくても、単なる恋愛から、相手を思いやる愛情に変化することはあるのではないだろうか。

ところで、企業経営においても、緊張関係は重要だと思う。いつの間にかナァナァな関係になって、上下関係も希薄になり、礼儀や規律、指揮が曖昧になることは企業にとってマイナスである。どんなに親しい間柄になっても、お互いの役割を認めあう一定の距離感は必要である。

上司に抜擢されて重役になったとしたら、もう安泰だと思われては困る。いつでも、降りる覚悟と、降ろされるかもしれない緊張感が、より良い成果をあげられたりする。

最近の大企業では、社外取締役を設置し、社内的な縛りから解放された状態で、経営にモノを言う存在が増えている。これは、まさに一種の緊張感を演出していることの表れである。取締役会そのものが暴走するのを防ぎ、取締役本来の目的である互いに取り締まることを実現している。これから、中小企業であっても、本当の意味の安定を望むなら、経営中枢部である取締役会にある程度の緊張感を持たせることが必要だ。

私は、役員については、自分自身も実践してきたが、いつでも責任を取る覚悟でいてもらわなくてはいけないと思っている。

「こんなにしてやったのに」と考えるようにならないために、役目、役割、指揮系統をはっきりする必要がある。役員が、量で比較すること事態がナンセンスである。役目に対する責任を明らかにし、いつでも交代させる緊張感の中で運営することが、最も安定した成長を助けるのである。この世でベストという絶対的なことはあり得ない、よりベターで相対的に優れたものを追い求めることがベストへの近道である。

よりベターの人間が現れれば、その人と取締役を交代すれば良いし、その時点で最もベターの人間が代表取締役になれば良い。

わが社では、執行役員制度を採っている。執行役員は、文字通り現場の執行責任を負う。社長が最高執行責任者である。

社長は、あらゆる現場業務の最高責任者で、日々の現実の問題を処理して行く。執行役員とは、経営者が決めた目標に対し、あらゆる手段を用いて、その達成に取り組むのが仕事である、言わば行政機関である。

一方、経営者は、次の事業を模索し、目標を定め、どの方向に進むべきかの意思決定を行う、立法機関である。そして、株主は、経営者が妥当な判断を行っているか、経営者の資質に問題はないか、誰を経営者にするべきかの言わば司法の役目を担っているのである。

現実には、執行役と取締役が兼務したり、株主が取締役であったりしているが、役目の違うことは明確であり、責任の所在も全く異なる。

何れは、完全に分離し、経営に緊張感をもたらしたいと考えている。

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投稿者 :堀田信弘: 2005年2月 9日 01:03