【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


経営者について  「活・喝・勝」


趣味が仕事か仕事が趣味か

趣味が高じて仕事になることほど、楽しいものはない。例えば、釣りの好きな人が、釣り道具を作る仕事ができれば、どんなに楽しいことか。

働くということは、人が動くと書く。どれだけその人が動いたかが、働いた度合いを表す。ある意味、身を削って動いた分の対価が報酬となって帰ってくるのかもしれない。

人に使われて嫌な仕事を我慢してするよりも、大好きな趣味を仕事にしたほうが余程ましだと考えるの当然だ。スポーツ選手や塾、お店などの個人事業主を目指すならこの形態がベターであろう。

「趣味」の意味を広辞苑で引くと、「専門家としてでなく、楽しみとしてする事柄」とある。つまり、ほどほどに「たしなむ」程度が良いのである。そもそも、「趣味」とは、日常から少し離れ、リラクゼーション、ストレス解消などの癒しのために行うものである。

だから、「趣味」は多ければ多いほど良い。楽しみが多ければ、日々の仕事から解放され、明日への活力に繋がるのである。

そんなつかの間の心の癒しを、仕事にするということは、組織を率いてリーダーとして、会社経営する場合には、決してベターではない。

仕事と趣味の区別がないということは、息抜きができず、柔軟な発想が生まれなくなるからである。基本的に「趣味を仕事にする」ことには反対である。

仕事というのは、辛いものである。経営者ともなれば、自分の家族だけでなく、社員の家族の生活までを背負うことになる。

肉体的な疲労よりも精神的疲労のほうが遥かに重い。だから、「趣味」でリラックスをすることが重要になるのである。しかし、一方で経営者は、24時間仕事のことを頭から離してはならない。

「趣味」を楽しみ、休暇で体を休めても、常に頭の片隅に「仕事」のことがなくては、経営者とは言えない。

仕事人間になれというのではない。仕事のことしかできない、仕事を通じてしか人間関係がないような仕事人間はダメである。

友人たちとビジネスの話をするのもナンセンスである。頭の片隅に「仕事」を置くということは、矛盾のある表現だが「仕事を趣味」と思うようなものである。

「趣味を仕事にする」ことと「仕事を趣味にする」こととは意味が違う。「仕事を趣味にする」といことは、「専門家としてでなく、楽しみとしてする事柄」をすることである。

つまり、休日に子供と遊んでいる時や、パチンコをしている時は、自分の仕事を専門家としてでなく、楽しみとして眺めることである。子供との遊びやパチンコをしていても、そこから何かを得ようとする余裕が必要なのである。

これは、「仕事を趣味にする」という気持ちがなくては生まれない。仕事が辛く、嫌なものであれば、休日位は仕事のことから離れたいと考えてしまうからである。

でも、経営者は、24時間社員のことを考えなくてはならない。そんなことは、「趣味」のように楽しむ余裕が無くては到底やりきれない。

休日に仕事をしろというのではない。経営者にとって、休日とは、体と心を休める日であり、頭を休める日ではないということである。

こうして、休日にこのブログを書いているのも、何も「仕事」をしている意識はない。「趣味」として楽しんでいるだけである。

2日に一度のペースでこのブログを書くには、「趣味」でなくては到底やれない。しかし、一方では、常にこのブログの向こうにいる読者のことを考えている。そして、「仕事」として自分に義務付けなければ、2日に一度のペースで出し続けることは継続できない。

私の「趣味は仕事」である。だから毎日楽しい。しかし、私は、「仕事を趣味」でやっているのではない。だから毎日真剣である。遊びではないのだ。

私の趣味は仕事だが、仕事を趣味でやっているのではない。

私は、仕事を趣味でやっているのではないが、仕事は趣味のように楽しい。こうして考えると、働くことに喜びを持てることであろう。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2005年3月 5日 11:05