ライブドアの差し止め請求が認められた。司法の判断は、常識的であった。
感情的に、敵対的買収という表現で、世論を見方につけようと試みたフジ側は、常識に負けた。堀江社長を非常識と表現していたほうが、 常識に負けたのだ。
そもそも、株主と取締役の関係がズレている。株主は、出資者であり、会社のオーナーである。上場している会社であれば、 誰でも自由にその株を買うことができる。多くの資本があれば、大株主となり、会社の経営を任せる取締役を選任することができる。
ニッポン放送の新株発行策は、取締役が株主を選ぶようなもので、本末転倒である。会社というのは、取締役のものでもなければ、 オーナーのものでもない。ましてや社員のものでもない。法人という固有の格をもった別の存在なのである。だから、オーナーからすれば、 取締役が誰であろうと、しっかりと会社を運営してくれれば誰でも良い訳であって、その逆に、オーナーが誰に変わろうと、 取締役はしっかりやれば良い。
ところが、取締役が本末転倒の考えをしているから、そこで働く社員まで非常識になっている。ニッポン放送の社員一同という形で、 ライブドア傘下になることを非難する声明を出した。これは、社員が株主を選んでいるようなものである。社員には、そんな権限はない。 労働組合であるとするならば、経営者と労働条件を争えば良いのであって、会社のオーナーを選ぶというのはどういうことか。
社員は、出資者がいるお陰で、機材を買ったり、番組を制作したりできることを忘れている。自分たちが番組を作れるのは、 資本があるからなのである。その資本によって作られた商品が売れれば、お客さまより給与を頂けるのである。経営者は、 給与の分配率を決めているだけで、経営者が給与を出している訳でない。取締役が自腹で払う訳はなく、 取締役自信も会社から報酬をもらっているのである。この報酬というのは、社員の給与とは違う。株主が決めた額を、 株主よりもらっているのである。役員報酬というのは、株に対する運営益の分配なのである。
これは、上場、非上場に関わらず重要な問題である。特に小さな会社ほど、株主、取締役、社員の関係は曖昧である。しかし、 小さな会社ほどむしろこのことをしっかりと社員に教育したり、役員指導をしなければ、会社の規律と指導体制は強化できない。 社内の分裂やクーデターというのは、こういう論理がしっかり理解されていないからだ。これは、オーナーの責任である。
そして、もうひとつオーナーに重要なのは、会社はオーナーのものでもないということをわかっていなければならない。 小さな会社であっても、出資する意思のある人が現れることは喜ばしいことなのである。それが社員であれば、なおさらである。 一人でも多くの出資者が現れるようにすることが上場である。だから、上場を目指すというのであれば正しい。 上場してオーナーが得をしようという小さな考えが会社をダメにする。
会社は、オーナーのものではない。社員ひとりひとりが毎日の努力で作り上げてきた財産なのである。そこには、 辞めていったものもいれば、これから入社してくるものもいる。だから、会社は、今いる社員のものでもない。もちろん、経営者のものでもない。
株主と取締役、社員、それぞれの役目が違う。取締役よりも社員の給与のほうが高くても良いし、 オーナー社長よりも平取締役の報酬が高くても良い。オーナーが偉いわけでも、社長が素晴らしい訳でもない。 社員の中にはボランティア活動するようなもって立派な人だっているかもしれない。仕事の上での上下関係があっても、 人間的に素晴らしいかは判らない。ただ役目が違うだけ。役目が違い、責任の重さが違うから給与が違うのである。 仕事の出来るできないとも違う。仕事はあまりしなくても、リスクを背負っている割合が高ければ役員報酬が違う。 この割り切れないような現実を納得できなくても良いから理解しなければならない。世の中、納得できないことだらけだ。しかし、 そのことを理解できない人は、理屈で正しくても組織にはなじまない。そういう人は、一匹狼で生きるしかない。
フジやニッポン放送の上場会社のエリートベテラン経営者が、若い無鉄砲な青年社長に常識を突きつけられた。フジの経営人には、 どこか会社を私物化しようとする匂いがしてならない。私は、同じような経営者を沢山見てきた。しかし、今回の出来事は、 日本の資本主義に対して、新しい考えを持たせる結果になるかもしれない。やっと当たり前のことが常識として機能するのかもしれない。 建前ニッポンが変化することを願う。
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投稿者 :堀田信弘: 2005年3月13日 22:05