人には、自分が経験したことで身に着けた「力」と、身に着ける過程で備わった「性格」がある。
「力」には、知識力、技術力、行動力、営業力、会話力、交渉力などがあり、その総合力が人間力である。人間力は、言わば武器のようなもので、高ければ高いほど、多ければ多いほど他を圧倒する力を持っている。
これまで、受験でも就職でも、学力や体力といった測定し易い人間力で人を比較してきた。そのため、人間力を向上させることが社会で勝ち残れることと考えられてきた。
しかし、人間力は、他を圧倒するための武器である。言わば、人間のエゴである。
ところが最近では、SPIと呼ばれる性格や適正を測定するツールまで登場し、人間の性格、つまり人間性を重視しようという動きになってきた。
人間性とは、情緒性、社交性、意欲性、対人性、論理性などその人のカラーを形成する性格のことだ。このようなものが、SPIで測定できるかどうかは疑問だか、社会が人間力よりも人間性を重視する傾向にあることは間違いない。
最近の少年事件の例を見ても、殺人事件のような重大事件を起こす少年の大半は、普通か、比較的成績優秀と言うのが多い。
時には学年でトップクラスの起こした事件もあった。そう考えると、人間力という武器が正にエゴとなり、人間性を無視した行動に出ることがあるのだろう。
人は、生まれた瞬間から、人間力と人間性が同時に少しづつ備わっていく。しかし、赤ちゃんのうちは、大半が親からのしつけや、育つ環境、親の性格など周辺環境によって人間性に大きな影響を及ぼす。つまり、親の育て方が人間性を作りあげ、その人間性によって、その後に身に付けられる人間力に差が生じるのだ。
人間性と人間力が共に同じような速度で成長して行くことが望ましい。そのためには、人間性を先行して重視したしつけを行う必要がある。
ところが、「勉強をしろ」「早くしなさい」と人間力を重視した育て方をすると、人間性と人間力に開きが生じることになる。
人間力のほうが高ければ、武器を持った歪んだエゴの持ち主ということになる。
私の部下に、二人の人間力の高い部下がいた。一方は、明るく、前向きで改革意欲を持っている。もう一方は、他を認めず、自分の組織を鎖国のようにクローズし、情報は少なめで影で暗躍していた。対外的な行動をする時は、1対1が多いため、実は人間力と人間性の差が見分け難い。ところが、社内的なn対nや1対nになった時は、人間性が現れる。
人間性が良いというのは、誠実、明るい、前向き、オープン、謙虚、美意識、場を感じるなどがある人のことを言う。
ところが、世の中のリーダーには、全く逆の人も多い。経営者で言えば、7割以上はそうでないだろうか。つまり、人間力が高い人で、組織になじまない人や、小山の大将になりたい人は、人間性に関係なく、金させあれば経営者になれるのだ。
ドリームクラスターでは、人間性を重視する。人間力は二の次である。それは、リーダーを養成する企業である以上、社会的に賛美されないような傲慢なリーダーにはなってほしくないからだ。
ダイエー、西武を始め、カリスマ経営者がいた企業の崩壊が相次いでいる。これまでは、人間力が高く、傲慢で人の意見を受け入れないような強烈なリーダーが生き延びていた。IT業界にもドスの利いた声だ話す社長が未だに多くいる。
しかし、この風潮は必ず崩れる。常に競争相手が多くいて競うことを求められた団塊の世代、彼らが引退するこれから5年以内にリーダー像は変貌する。
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投稿者 :堀田信弘: 2005年4月11日 07:26