【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


リーダーについて  「活・喝・勝」


越えられない試練はない

なぜ自分だけがこんな思いをしなければならないんだ。

こんな辛い思いはしたくない。逃げ出したい。

人は、生きているだけで色々な壁と出会う。壁と出会うとき、その壁は、間違いなく自分の背丈より高い。なぜなら、自分の背丈より低いのは、壁として出会わないからである。

だから、壁と出会った時、その存在に恐れ、越えられないのではという不安にさせられる。

しかし、その壁は、他人から見ると、どんなに高い壁でも、決して恐怖心は与えない。自分の目の前に現れた時だけ、その壁が立ち塞がるのである。

壁の大小は人それぞれ違う。他人から見れば低いものでも、壁は自分の背丈を越えるものだから、他から見て高い低いという問題ではない。

小学生にも壁は現れる。大人から見れば小さな壁だが、子供の成長にとってはとても重要な壁だ。

運動会で負けた悔しさもあれば、初恋の人との失恋もある。誰にでも壁は必ず現れる。どんなに壁から逃れようとしても必ず壁は現れる。

引きこもれば、今度はそれが壁となる。

壁は、自分が何かをした時にしか現れない。

ロールプレイングゲームで、主人公が敵の怪獣をやつけるとレベルがひとつあがる。それが壁を越えた瞬間である。しかし、その壁を越えた瞬間から、次の壁を越えるための道のりが待っている。必ず、次の壁は、その前の壁よりも高い。壁は越えるためにある。

人生も同じだ。

運動会で負けるのは悔しい。でも、一位になった人もその時だけで、その人が競技大会に選ばれて出場すれば、もっと早い人たちと走ることになる。どんなに早い人でも、オリンピックで金メダルを取らない限り、必ず負けを経験する。

オリンピックで金メダルをとっても、次のオリンピックに出場できるかどうかはわからない。年齢の壁と戦うことになる。

神様は、人に越えられない試練は与えないという。

壁は、自分の背丈を表しているから、最初から越えられない壁は目の前に現れないのだ。自分がこの壁と出会ったのは、自分がその前の壁を見事に越えることができたから、次への挑戦権が与えられたのだ。

あなたの精神力は、あの時のあの出来事を経験したから今ここにある。あの壁を越えたお陰で、あなたはこうして生きているのだ。もし、あの時、壁を越えられなかったら、あなたはロールプレイングゲームと同様に、いまだにあの時のレベルをさ迷っているだろう。

もし、あなたが今、まさに壁に当たっていると感じている人だったら、それはラッキーだ。あなたが決断して歩み始めたコース上に、目の前に未来を示す輝いた壁が現れたのだ。それを越えると、次の壁まではしばらく時間がかかるだろう。ほんの少し背伸びをしてみると、壁の向こう側が見え隠れする。

壁の向こう側には、希望の光が指している。

壁は、越えられると思った瞬間に越えられるのであって、越えられないと思っているうちは越えることは出来ない。

背伸びをすれば見える向こう側なのに、大きな壁が現れると背伸びすらできなくなる。

神様は、人に越えられない試練は与えない。

自分の子供が壁に当たった時のように、背中にそっと手を置いて、少しだけ背伸びをする手助けをすれば良い。

それがリーダの役目だ。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2005年7月18日 10:10