衆議院の公示を前に、各党のマニフェストが出揃ってきた。しかし、 そもそもマニフェストとは何か十分に理解されていないのではないだろうか?
実は、マニフェストのことを正しく理解しているかいないかでは、候補者の姿勢が見え隠れするのである。
今までの選挙にも公約というものがあった。いわゆる選挙公約である。「私が当選したらこんなことをやります!」というものだ。 選挙公約は、言わば口約束で、耳障りのいいことだけをマイクを持って連呼し、支持を訴えるものである。
当然、 バラマキ型となり、無制限にあれもこれもしますということになる。しかも、口約束なため、事後検証ができない。 仮に事後検証しようとしても、「私はやると言ったが、他の議題が優先されたため出来なかった」などと、 出来ない理由を言って自分を正当化しようとする。
この選挙公約は意味がないということで、誕生したのが、事後検証可能な公約、つまりマニフェストである。選挙公約と違って、 具体的な数値目標や期限、財源、工程などを示し、しかも、口約束ではなく文書にすることである。こうすることによって、 もし当選した場合には、次の選挙のときに、有権者がそのマニフェストを実行できたか否かを問うことができるのである。
事後検証を可能にするということは、非常に重要なことだ。
これは、経営者が毎年の経営計画を発表するときにも同様である。一部の経営者の中には、自分の経営責任の追及を逃れるために、 「将来は上場しよう」だとか、「総合研究所を作るぞ」なんて具体性がないことでごまかす人がいる。特に、能力のない経営者ほど、 期限の明示と数値目標、具体的な方法、工程を避ける傾向がある。具体化すればするほどボロがでるからである。
社員に夢を与えることは重要だが、社員を現実から目をそらさせることで、自分に責任の火蓋がこないようにしているだけである。
マニフェストを掲げ、実行することは、政治家も経営者も全く同じことだ。
しかし、マニフェストは、文書にするといった事後検証可能なことだけでない。実は、正しく理解しなければならないことは、 何よりも「政権公約」であるということである。選挙公約ではなく、政権公約が正しいマニフェストである。
政権公約には、二種類ある。市長や知事のような首長の政権公約(ローカル・マニフェスト)と、今回の国政選挙のような政党の政権公約 (パーティ・マニフェスト)がある。
何れにしても、"政権を取ったときに何をするのか"を明示した、事後検証可能な公約なのである。
政治家は、政権を取らなければ、公約は実現できない。どんなに立派な政策を掲げても、政権を取らなければ実現は不可能なのである。机上の世界だ。 仮に実現できたとしても、他の政党の協力がなければ不可能であり、自力で実現することができない、つまり"政権を取ったときに何をするのか" の政権公約にはならないのである。
と言うことは、今回の選挙で、マニフェストを掲げることができる政党は、どこだろうか。政権を取るための戦いをする政党である。 正確に言うと、議席の過半数以上の候補者を立てている政党であろう。議席の過半数で単独政権を目指す政党でなくては、" 政権を取ったときに何をするのか"にはならない。このことは、どのマスコミも報じていない。
新しい政党が誕生したり、無所属から出馬するのは自由である。しかし、その候補者が当選しても、口約束の選挙公約しかない。 と言うことは、事後検証不可能な耳障りのいいことだけを言うことになる。
国政という政権選択の選挙では、マニフェストは重要である。マニフェストで選び、政党を選ぶ、その結果政権がどちらかになる。 自分が一票を投じた候補者が当選するということは、投票した人の意思が託されることになる。
ところが、新しい政党や無所属の候補者であったらどうだろう。その候補者を信じて一票を入れたのに、投票者の意思に反して、 別の政党と組んだりすることがある。
選挙互助会的な新党や、人気ものが無所属で出るのは、責任逃れをする経営者と同じだ。
最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。
毎朝6時に社内朝礼ブログをこちらで公開しています。こちらもご覧頂けたら幸いです。
この内容に共感頂けたらこちらをクリックして下さい。ありがとうございます。
投稿者 :堀田信弘: 2005年8月22日 17:36