私の住む田舎町は、人口2万人ちょっとの小さな町だ。二番目の娘は、小学校1年生の6歳。30名ほどのクラスには、 ひとりの外国人がいる。両親とも外国人だ。
週末、市内にあるスーパーマーケットに買い物に行くと、何人もの外国人を見かける。アジア系が多いが、南米、 ヨーロッパの人もいるようだ。私が小さな頃は、こんな小さな町で外国人を見かけることほとんどなかった。
しかも同じクラスで一緒に学ぶ同級生に外国人がいるというのは考えらなかった。どうやら娘にとっては不自然でないらしい。
外国人の最も多く住んでいる市町村は、大阪市が最も多く12万人、次いで静岡県浜松市が3万人、東京都新宿区が2.9万人だそうだ。
人口の14%以上を外国人が占める全国一の町として有名な、群馬県邑楽郡大泉町は、 人口4万人足らずの町だが、40ヶ国約6千人の外国人が住んでいる。この町には、家電メーカーや自動車メーカーなどの工業団地があり、 日系ブラジル人を中心に増えてきて、リトル・ブラジルと言われている。
法務省の調査によれは、日本に住む外国人の数は、1986年に約87万人だったのが、2000年には、約169万人と倍増している。 内訳を見ると、韓国・朝鮮人が約63万人で最も多く、次いで中国(台湾含む)人約33万人、 ブラジル人約25万人、フィリピン人約14万人と続く。
実際にはこうした統計には含まれない超過滞在者などを含めると、2005年には200万人に達するのでは予想されている。
先進国の状況を見ると、欧州諸国は何れも高いが、その中でもドイツは、人口約10%もの外国人約733万人が住んでおり最も多い。 ベルリン市は、人口の約15%の44万人が住み、フランクフルト市は、なんと人口の30%以上が外国人だ。
日本では、1633年、江戸幕府が国内支配の安定化と強化を図って、日本人の海外渡航と渡航者の日本帰還を禁止した鎖国令が布かれた。 それから、約200年後の1854年、ペルー艦隊が来航し、日米和親条約が調印して開国された。
それから150年経った。
しかし、まだまだ諸外国に比べ、外国人の移住に関しては、単一民族を守るべく意識が極めて強い。
例えば、外国人犯罪を恐れるという理由から、日本の出入国管理法は、世界的にも排外的で悪名が高く、 外国人の入国に関しては世界一厳しい国とも言える。
また、1951年に制定された世界各国が締結する国際難民条約に対し、日本が締約国となったのは、30年後の1981年だ。 冷戦体制のもとで、ベトナムから大量の難民を受け入れなければならなかったアメリカからの圧力があって、 日本は渋々難民受け入れを認めたものの、10年間で受け入れた難民の人数はなんと49人しかいない。
このように、政府がとる公な姿勢は、外国人の受け入れについては極めて否定的である。
しかし、実際には、毎年3万人近く外国人が増加している。ここに本音と建前の矛盾が見える。
選挙候補者は、誰もが少子化問題を叫ぶ。しかし、誰ひとりと「外国人をもっと受け入れるべきだ」とは絶対に言わない。
国民の単一民族意識が強いため、拒絶、抹消されてしまうからに他ならない。
しかし、現実には、一年間に日本人が減る数と、外国人が増える数がほぼ同じということは何を意味するのか。
現に、群馬県大泉町では、人口の14%を超え、町を支える重要な住民になっているのには違いない。
静かに静かにジワリジワリと開国化が進む。日本の人口が減少して沈没しないようにするためには、 普通の諸外国並み程度にはならなければ、再び孤立し、鎖国に向かい破滅するだろう。
大泉町は、2001年、当時の自治大臣より 「世界に開かれたまち」の表彰を受けている。 なんだ、政府も評価しているのではないか。
ちなみに、ドリームクラスターでは、学歴はもとより、国籍も不問としている。
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投稿者 :堀田信弘: 2005年9月 5日 09:16