岐阜1区で、郵政民営化に反対して無所属で戦った野田聖子氏、賛成派の佐藤ゆかり氏を破って当選。今度の国会では、 賛成票を投じると言う。郵政民営化に反対して野田氏に投票した人の民意はどこに。自民党は野田氏を除名処分にする。
自民党を離党して国民新党を立ち上げた長谷川憲正氏。選挙期間中は、人数が足りないと新党日本に移籍し、 選挙が終わると国民新党に復党した。わずか1ヶ月の間に3回も離党届を出した。
参議院で郵政民営化に反対した人は、自民党から除名処分を受けない。しかも、選挙は2年後。その反対派の中心、 旧亀井派の中曽根弘文氏らは、今度は賛成するという。
考えがぶれる人は、リーダーにあらず。
考えが浅いのか、世渡りなのか、ズルイのか。どんな理由があろうとも、一度"決断"したリーダーは、その結果責任を負う。
経営者は、日々悩み、もがき、迷い、戸惑う。世の中の流れが早いから、一瞬一瞬で"判断"して行動しなければならない。時には、その" 判断"を修正し、新しい手段を次々に打ち出さなければならない。
状況が変われば、"判断"が変わるのは当然だ。それが状況判断である。しかし、"決断"したことは、ぶれてはいけない。
以前もコラムで書いた"判断"と"決断" の違いは、単純だ。
簡単に言えば"決断"は、イエスかノーだ。やるかやらないか、進むか引くか、OKかNGかの二者択一である。単純明快である。
しかし、その答えを出すのは、そう簡単ではない。自分の生き方、ポリシー、将来像、結果起こることの想定、 自分なりに考えられることを考え抜かなければならない。
これは、リーダーにしかできないことだ。
これに対し、"判断"は、言わば方法論である。"決断"されたことを如何に実現するか、状況を見ながら考えることである。 二者択一でなく、多種多様であって良い。
私は、本来、この"判断"はリーダーがすべきことではないと考えている。
ブレーンがやるべきだ。
リーダーがやることは、リーダーにしかできないことだ。それが"決断"である。会社であれば、部のなかで起こることは、 部長がリーダーとして"決断"して部下に指示しなければならない。
部長は、自分の信念のもとに"決断"できるよう、経営者から今の経営状況やトップの方針を的確に"判断"する必要がある。そして、 現場で起きている状況や、起こりえることを経営者に正確に報告し、経営者が適正な"決断"ができる材料を与える必要がある。
このように、会社の中は、階層化されているから、"決断"と"判断"、リーダーとブレーンの両方を担うことになる。しかし、 直属の部下から見れば、自分の上司がリーダーにしか見えないのも事実だ。
だから、部長は、"判断"して経営者に相談する姿よりも、"決断"して部下に指示を出す姿が重要になる。これを意識できないと、" 決断"できないリーダーとなってしまう。
これは、政治家も同じである。
組織の中にいれば、"決断"も"判断"も迫られる。でも、国民から見れば、その人の上がどう考えようと、政治家本人がとった行動が" 決断"した結果なのである。
それは、例え党首でなくても、派閥の長でなくても、国民から選ばれた我々の代表でありリーダーなのだから言い訳はできない。
会社でも、部下に対し「私は部長だから上に聞かないと決められない」と言い訳をするものがいる。 このようなタイプはリーダー不適格なのだ。「決められない」とそこで応える姿勢が問題なのだ。もし、自分の裁量権を超えている問題であれば、 「少し考えさせてくれ」と応えるべきではないか。
日々このような言動を見聞きしていると、その部下は、リーダーとして"決断"できる人か否かを肌で感じるようになる。
どのようなポジションにいてもリーダーがやるべきことは"決断"することのみだ。"決断" した結果には責任を持つのもリーダーたる者のあるべき姿である。
反対したり賛成したり、離党したり復党したりすることは、状況を"判断"してやったこととすれば、それはリーダーの行動ではない。" 決断"してやったとしたら、最低のリーダーとしか言いようがない。
"決断"と"判断"の区別ができない人は、人の上にたつ資格なし。
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投稿者 :堀田信弘: 2005年9月15日 10:08