JR尼崎線の脱線事故から5ヶ月が経った。私鉄との競争から、運転手にオーバーランした時の罰則を与え、 秒刻みの安全を無視した経営姿勢が招いた結果だった。そのために失った取り返しのつかない命、失墜したJR西日本の信頼、膨大な事故処理に伴う費用、経営者の責任は重い。
経営者は、何が起きようとも、どんな理由であろうとも結果責任を伴う。つまり、言い訳のできない結果主義の中で、生きている。
結果主義というのは、与えられた期間、責任範囲に対し、過去と相対比較してどのような事象をもたらしたかが問われる評価制度だ。 期間内にトラブルが発生すればマイナス、何もなければ評価に値せず、業績を伸ばせばプラスに評価される。つまり、 全く変化を起こすことができなかった場合を0点とし、その前後を評価する過去との相対評価だ。 どんなに上手くやっても結果が伴わなければ意味を持たない。
つまり、経営者というリーダーは、前年と同じではダメなのである。それだけ、結果に対し厳しい考えを持っていないと、 自己評価はできない。経営者は、上司に評価されるサラリーマンと違って、自分で評価するのだからそれ位の気構えは必要だろう。 社員と経営者は違うということを認識しないとダメだ。
ところが、この結果主義というリーダーのみが受ける評価制度を、社員にも成果主義という表現で、 誤った結果主義を導入する経営者がいる。
成果主義というのは、与えられた期間、責任範囲に対し、予め定めた目標に対してどのような成果をもたらしたかを問う評価制度だ。 目標を超えた時には加点評価し、インセンティブを与えるというやる気を高める加点主義の評価制度である。他人と相対的に比較するのではなく、 目標設定に対し、絶対評価を行う。
成果主義と結果主義をイコールで考えてしまうと、目標を達成できなかった時に減点評価が発生する。減点評価を行うと、 本来チャレンジする意欲を高めるはずの成果主義に相反して、失敗を心配する慎重な姿勢を生むことになる。
その結果、ほどほどの目標を立てることになり、かつ無難な行動となるため、大胆な発想を抑えてしまう可能性があり、 名ばかりの成果主義は、組織の腐敗と弱体化を招く結果となる。
これは、営業マンのノルマ制度とインセンティブ制度にも同様なことが言える。
ノルマ制度というには、高度成長期に代表される体育会系のモーレツ営業マン型の制度だ。基本給を低く抑え、 定められた目標に達した時に、残りの分を支給するというもので、目標が達成して始めて普通の給与がもらえるというものである。
一方インセンティブ制度というのは、定められた目標までが基本給で、それを超えた場合に追加加算されるミニボーナスである。
どちらの制度も、目標を設定するという意味では同じだ。一見、目標設定レベルが違うだけと思われるが、全くその評価方法は異なる。
ノルマ制度は、達成しないと満額の給与がもらえないという減点主義型の評価制度で、"出来なかった場合の罰"を与えているのである。
罰というのは、不正という罪を行った時に受けるものだ。目標を達成できないということが、 罪を犯したことと同じであるということになると、行動が萎縮するばかりか、むしろ、罪を犯してまで目標を達成しようという者まで出てくる。
猛烈で過酷な競争が、モラルを崩壊させる。組織のモラルが崩壊すれば、個人の成績の総和に頼っている組織は、 組織としての成果が発揮できないだけでなく、大きな転落の危機に陥るだろう。
経営者や上司が減点主義的な発想を持っていると、その組織は大幅な伸びは期待できない。ほんのわずかなスターを生み、 周囲のみんなが褒め称え、喝采を贈る加点主義の発想が重要である。
良いところが10点、悪いところが10点で、プラスマイナスして0点の評価をするより、良いところの10点で評価し、 適材適所の配置をするのが、本来の人事ではないか。
失敗することを恐れている経営者ほど、減点主義を導入する。それは、部下の失敗が自分の失敗になると考えているからこそだ。
経営者は、結果主義を背負っているが、良い結果を生み出す経営者ほど、失敗よりも成功に耳を傾ける加算主義者であり、 部下への責任転換をする結果主義を求めてはいない。そのような組織は、個人の成績の総和以上の成果をあげることができるのである。
このように加点主義と減点主義の評価方法の導入によって、そこで働く人の意欲、姿勢、組織文化の形成に大きな違いを生ずることとなる。
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投稿者 :堀田信弘: 2005年9月26日 08:35