【堀田信弘の今日の語録】 2010年9月 3日 『 左手と右手は、矛盾だらけだが、決して片方が無くなっても良いと言うものではない。矛盾の両輪は、私の目指すところ。』


リーダーについて  「活・喝・勝」


作られるのか生まれるのか

未熟で軽率な新人議員と言われている杉浦大蔵氏。同じ新人でもエリートで優等生な佐藤ゆかり氏。その佐藤氏が、衆院郵政民営化特別委員会で質疑デビューした。民主党が対案を出したことについて「05年体制」と評し、55年体制との違いを皮肉った、までは良かったが、原稿棒読みのお粗末な質疑応答に愕然とした。

自民党内には、初々しいと評価する向きもあるが、私から言わせれば、同じ未熟であったとしても、話しのできない政治家や経営者・リーダーというは、全く魅力がない。

初めてだから、緊張したからなど色々理由はあげられよう。でも、私の見る目は違う。人の心に響く言葉を持っている人であるか否かは、感覚的なものであり、上手くできたかどうかとは違う。

私は、社員を採用するのに、これまで何百人という人と面接を行った。面接慣れしている人もいれば、 額に汗をかいて緊張している人もいる。言いたいことの半分も言えないことも十分承知している。

だから、私は、その人の態度や話し方だけで、判断するようなことはしない。目を見て、表情を覗い、"話そうとする" 感情を見出そうとする。採用する側の立場だから、その人のやる気、真剣さ、そして人間としての偽りのなさを判断する。

これまでに、全く経験のない人を何人も採用した。逆に、キャリアが豊富で、話し上手な人を何人も不採用にしたこともある。

私の長男は、言葉を話すことができない。頭が痛いときも、身振り手振りで知らせ、こちらの意図も大きく手を上げたり、下げたりしてジェスチャーでないと中々伝わらない知的障害者だ。

でも、もう12年もこうして付き合っていると、表情やしぐさ、訴えようとしていることが少しづつ伝わり、親子のコミュニケーションが取れるようになった。

言葉を話せない犬でも、きちんとしつければ、お座りやお手くらいはできる。つまり、コミュニケーションの手段は、言葉だけではないのである。それが、例え初めてだからと言って、原稿棒読みであったら、ロボットが読んでいるのと何ら変らない。

つまり、ポイントは、"相手に伝わるか"どうかだ。

どんなに雄弁であっても、心が伝わらないようではダメだし、どんなに教養がなくても、一生懸命話せば伝わることだってある。 受け手は、相手から発信されたものでしか感じとることができない。それは力強い表現力や表面的な言葉とは違う。

私は、何百人もの社長と会った。政治家にも会った。共に分野は違っても、会社の代表、住民・国民の代表であるからリーダーであるには違いない。

リーダーシップとは、ある意味で「ことをおさめる」能力、統治することだ。企業であればコーポレート・ガバナンスである。リーダーとは、「ことをおさめる」ために「人をおさめる」のが仕事だ。

エジプトのピラミットを作るとき、あるリーダーは、ムチで部下を叩いて作業をさせ、あるリーダーは一緒に石を運びながら「みんながんばろう」と励ましながら作業をした。どちらのチームが優秀であったか言うまでもない。

リーダーは、チームが持っている力を最大限に引き出し、願わくばそれ以上の成果を出せるように声を出し、頭を使って戦略を練る。そのリーダーが発する声は、内面から湧き出るような心に訴える"言葉"だ。それは、知識や教養、ましてや理屈ではない。伝わってほしいという想いだ。政治家であれば、有権者の想いを代弁するのが最大の仕事のはずだ。

これまで会った政治家や経営者には、残念ながら響く"言葉"を持っていなかった人もいる。それでも今の日本には、トップになる風潮が残っているから残念だ。ましてや、創業経営者は、能力がなくても自分で金さえだせば社長になれる。社長だからと言って偉くも何でもない。

トップになるのと、リーダーシップがあるのとは全く違う。それは、政治家もしかりだ、世襲者もしかりだ。問題は、なってからどのようなメッセージを発せられるかである。

リーダーは作られるのか、それとも生まれながらの素質なのか。

私の答えは、どちらか一方ではない。

優秀なリーダーは、必ず育てることができる。そのためには、リーダーになるという強い意気込みを持っている人でないとダメだ。この気持ちを持っている人はリーダーになる可能性がある。だから、「活・渇・勝」もそんなリーダーを目指す人のためにある。自分なりに、リーダーとは何なのかを考えるきっかけなれば良いと思っているが、素養のある人は、私の意見とは反対であっても、確固とした自分の考えを持っている人である。

一方で、生まれながらの素質が重要なのも事実だ。これがないとダメだという固定的なものではないが、言葉もこのような文章もそのひとつで、その人からにじみ出るメッセージ性の力とも言えようか。しかし、素質とは決してそれだけではない。幾つかあるうちのたったひとつで、それら全てがないといけないというものでもないし、ひとつが欠けてもいけないと言う訳でもない。なにが輝いているかということだ。

ことをおさめ、人をおさめるのは理屈ではない。数限られた人の上に立つ人なのだから、周りを引き付ける内面性の魅力なのかもしれない。

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投稿者 :堀田信弘: 2005年10月 7日 20:45