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リーダーについて  「活・喝・勝」


火中の栗を拾う

高速道路を走行中、前を走っていた一台のトラックが炎を上げ、道を遮るように横転した。普通の運転手は、まず急停止できるかどうかを考え、それでもダメなら左右のどちらかを抜けようとするだろう。

それでもダメなら、どうだろうか。恐らく、ブレーキを掛けながら、正面衝突し、火の中で停止してしまうだろう。

聞いたところによると、プロのドライバーは、普通の人とどうやら思考が逆らしい。普通の人は、このような稀な異常事態を経験したことがないので、できることから順に考える。

ところが、プロのドライバーは、これまでの多くの危険な経験をしているから、最悪の事態から考えるそうだ。最悪の事態とは、火の中で停止してしまうことだ。

火の中で停止するということは、ブレーキを掛け、減速して追突することである。これが最悪の事態と仮定するならば、その逆の加速して衝突することは、火の中で停止する可能性が少なくなり、最悪の事態よりもマシの結果が期待できる。

もうひとつの理由は、左右のどちらかを走り抜けようとすると、トラックから逃げ出した人を跳ねる可能性があるからだそうである。

勿論、実際には、様々な状況を見て、とっさに最良の方法を選択するのだろうが、普通の人が、
加速して正面を突破するようなことは瞬時には思い浮かばないだろう。

まさに、捨て身の覚悟だ。

「トラックから逃げ出した人を跳ねる可能性がある」という言葉を聞いて、"火中の栗を拾う"という言葉を思い浮かべた。

火中の栗を拾うとは、 他人の利益のために、無理をして危険なことをすること言う。

囲炉裏の中で焼けている栗を見つけた猿が、猫をおだてて拾わせ、猫が大やけどをしたというイソップ物語が元だ。一般には、自分に災いがふりかかるようなことをするのは愚かである、という意味で使われる。

石橋を叩いて渡らないような情けないリーダーは、決して火中に飛び込もうとしない。自分に災いがふりかかるのを恐れているからだ。

私は、この考えが大嫌いだ。

ただのカッコつけかも知れないが、私は、"火中の栗を拾う"人でありたいと考えている。

部下が取引先との関係でもめるようなことがあると、いつも逃げ回り、居留守を使い、話がまとまったころに挨拶に行くような弱腰リーダーにはなりたくない。

今、私の部下は、新しい組織に加わり、葛藤している。その舞台を作ったのは私だ。だから、その火の中心に飛び込んで、大きな栗を拾い、仲間に見せてあげたいと思っている。勿論、火の中に入っても焼け死ぬようなことがないよう、アクセルを一杯に踏み込んで正面突破を図るつもりだ。

火中の栗は必ず大きいはずだ。

リーダーが、逃げ回る姿ほど見苦しいものはない。このような経営者が実に多いこと。うんざりするほど見てきた。部下を火中に送り、自分に責任の火の粉が降るのを避けるような人は、いつも正面突破を考えない。

追求をサラリと交わすことを考え、ウヤムヤにする名人だ。

平時は別に何もしなくても良い。いざと言う時にリーダーの力量が問われる。その姿は、部下がみんな知っている。

知られていないと思っているのは、火中の栗を拾うことができないあなただけだ。みんな知っている。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2005年11月18日 20:46