単身赴任をして一ヶ月になろうとしている。20年ぶりの一人暮らしだ。朝起きて、シャワーを浴び7時には出勤し仕事を開始する。
夜9時に退社するまで約14時間は会社にいる。
これまでの私は、その後も自宅で仕事をしていた。正確に言えば、このコラムを書いたりする趣味の時間で、家族には仕事と言っていた。
単身赴任してから大きく変わったのは、夜の趣味の仕事ができなくなったことだ。
21時に帰宅すると、食事をするのもおっくうで、洗濯をしたりすると、もう何もしたくなくなってしまう。体が疲れているというよりは、気持ちが乗らないと言ったほうが正しいかもしれない。
私はこれまで、「家族は組織の最小単位だから、リーダーたるものは、家族内のリーダーシップが取れないようではダメだ」と言ってきた。
たった数人の家族をまとめられないようでは、数十人、数百人という大きな組織は到底まとめられないというものであった。
しかし、今の私はどうか。
単身赴任をして、24時間自由に使える身になって、24時間フルに使えないことに痛感している。
家族が組織の最小単位だとすれば、単身赴任中の私は、私ひとりだけの組織になる。
独身のときであれば当たり前のことであるが、一度家族を持ってしまうと、家族なしの生活というのがこんなに退屈で、わびしいものということが初めて理解できた。
人間の生活とは、ある意味、ムダなことの繰り返しである。人間は、生まれた瞬間から、カウントダウンをして死に向かっている。
赤ちゃんから、少年、青年と成長している間は、カウントダウンが始まっていることなど考えはしない。
明日の楽しみや、明日への期待など、無意味な日々にあえて意味を付けて生きているのかも知れない。
受験があり、結婚がありと、人生のイベントは人生に意味を持たせている。もし、これらのイベントがなくなれば、無意味な日々を過ごすこととなる。動物であれば、それが死に向かっているなどと考えなくても良いのかも知れないが、人間は死への恐怖を払拭するために意味を持って、希望を持って生きているのだ。
私は、なぜ仕事をするのか?
忙しい日々の中では、もし家族がいなかったら、どんなに仕事に専念できるだろうかと考えるときもあった。子供たちと遊んでいる時間があれば、一冊でも多くの本を読みたいと思うこともあった。
それが、24時間自由な時間になると、何のための働いているのかを見失う。
部屋に帰ってから、本を読むのも自由だし、積み残しの仕事をするのも自由のはずだ。ところが、なぜか自由な空間、自由な時間に身を置くと、本を読むことの意味すら無意味に感じてしまう。
全てが家族のために働いていたなんていうつもりは毛頭ない。
しかし、家族というのは、わずらわしくも、心のより所として生きる糧を与えていうのは事実だと実感した。日々の忙しさの中から、少しだけの自分の時間を確保しようとするのもまた、家族があるからこそ密度の濃い時間を生きることができるのだ。
家族をどう想い、どう自分の考えを伝えていくか。組織のリーダーであるならば、もっとも自分のことを理解してくれるだろう家族に対しても、リーダーシップを取れなくては、他人の集まりである組織のリーダーは務まらない。
こうして仕事ができるのは、仕事が楽しくできるのは、仕事に専念できるのは、すべて家族の理解があるからだ。
仕事に専念し夢中になるには、家族の理解を得られるような日々の家族孝行が重要だ。
組織においても、家族と同様に、部下たちの理解が得られるということはとても大切なことだ。そのためには、部下孝行しなければならない。
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投稿者 :堀田信弘: 2005年11月22日 21:56