【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


リーダーについて  「活・喝・勝」


リーダーを生む

昨日までサラリーマンだった者が、自分で会社を設立した瞬間からトップリーダーになる。一人も部下がいなくても立派なリーダーなのだ。それは、トップリーダーは、最終で、最大の最後の決断を行う人だからである。

例え何百人もの部下がいても、中間管理職である限りトップリーダーとしての気概は育たない。

だから、トップリーダーというのは、常に悩み、常に孤独であり、いつでも辞める覚悟と責任に対する自覚を持っていなくては行けないのだ。

例えば、自分が所属する部に、部長と部長代理がいたとしよう。会社は、増え続けるポストを考えると、部長代理や部長補佐、部長付、次長などといった曖昧で意味不明、責任の薄いポジションを安易に設けることがある。

私からすれば、このような会社はリーダーを生まない会社としか思えない。

なぜなら、そのようなポジションの人に、その会社の社長は、いい加減な期待をしているからである。例えば、肩書きだけの体裁を整えて、あとは管理能力は鼻から期待せず、よりも実務をやってほしいという思いが見え隠れする。

以前の日本の企業は、どの会社でもこのような中途半端な役職が持てはやされた。社長でさえ上には会長がいて、その上には名誉会長や相談役がいるような大企業が理想とされたからだ。

しかし、今、そのような大企業は、意思決定スピードや軌道修正の柔軟さ、新しいものに挑戦する意欲は、先日誕生したばかりのベンチャー企業を上回っているだろうか。

一流大学を出たものばかりが集まる一流企業が、必ずしも斬新で画期的な商品やサービスを生めないのは何故なのだろうか。

それは、トップリーダーが不在だからではないだろうか。

肩書き上の代表取締役社長でも、代表取締役会長、名誉会長、相談役など、実際の実務を統括する社長の上に、社内ネゴをしなければならない老害がいる限り、思い切った決断などできるはずがない。

上に行けば行くほど、かつての経験でモノを言うようになり、自分の実績や経験を判断材料に加えようとする。これまでに無いことをやろうとする社長にとってこれほど邪魔な存在はないはずだ。

実は我が社でも、私は代表権のある会長という老害になっている。

小さな会社なのに、社長と会長が代表権を持つようなトップリーダーを殺すような組織はあってはならない。

私の希望としては、一度外れた代表に、再び戻ろうなどという気持ちは毛頭ない。できれば、その後を引きついてくれる社長にも退路を絶つつもりで、頑張ってほしいし、後身に道を譲る気持ちは忘れないでほしいと願っている。

あれだけ孤独で辛いトップリーダーを経験したものは、本来そこに君臨し続けることが如何に有害か知っているはずである。それなのに金銭や名誉欲に麻痺させ、そのような大切な気持ちを忘れてはならない。

トップリーダーが最後にやる仕事は、次のリーダーに、リーダーらしく自由にやらせることだ。自分がリーダーのときは、それを同じように望んでいたはずだ。もし、それができないのなら、それは真のリーダーではない。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2006年1月10日 20:47