【堀田信弘の今日の語録】 2010年7月31日 『衰退の陰は、発展と共に常に忍び寄っている。』


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他力本願

私の父は、平成8年1月、茨城県笠間市にある西念寺という寺で告別式を行った。西念時は、 浄土真宗を開祖した親鸞聖人が関東各地伝道のため移り住んだ場所である。

私自身は、今でも宗派など全く疎い人間であるが、父の死によって必然的にこの寺の檀家になることになった。

そのお陰で、少しだけ親鸞のことを知ることができた。

元々、親鸞は、浄土宗を開いた法然の40歳年下の門下であった。

若い親鸞は、法然と次第に対立して行く。法然の浄土宗は、自力のもとに念仏を唱えれば仏が救ってくれるとした自力本願。それに対し、 親鸞は、仏が手を差し伸べてくれると信じれば、必ず救われるとした他力本願を説いた。

他力本願という言葉は、「ひと任せ」「他人に依存」或いは「成り行き任せ」という意味で誤用されることが多いが、実際の意味は違う。

 自力とは「自分の力を信じること」であり、他力とは「他人の働きを信じること」である。

親鸞は、肉食妻帯の在家主義を実践し、実生活においても人との関わりを重視した。

自分を信じることができる人を、自信がある人という。

しかし、自信タップリの人ほど、他人を信じることができるか否かは疑問だ。

私は以前、部下に「自信を持て」と唱えた。自信を持って挑めば成し遂げられると訴えた。

でも、自分で会社を作ってからは、「自信を持て」と言うことはなくなった。正確に言うと、 言う必要もなく各自が自発的に仕事に取り組んでいるからである。

やがて、私の役割は、彼らを信じることになった。

そして、自分を信じることより、他人を信じることがいかに大切で、大変なものかも感じられるようになった。

自分さえ何とかすれば、自分のことを信じることは容易い。もっとも、 信じられないような行動をする自分のことを信じることができないような人は、他人を信じることなどできるはずもない。

部下を信じても、部下がこちらを信じてくれなければ、互いの関係は築けない。こちらが信じなければあちらも信じてくれない。 人を信じられない人は、人に信じてもらえるはずもない。

人を信じて裏切られるのが怖いからと人を信じなければ、人に裏切られる。

人を信じることは難しい。

でも、リーダーとしてやらなければならないことは、信じることだと思うようになった。信じれば、信じてくれる人がきっと現れる。 たった一人が信じてくれるだけで、救われるものだ。

その最も身近にいる信じられる人が家族である。

親鸞の肉食妻帯は、身近な家族を信じることからはじめようと言っているように聞こえる。

部下と上司も、信じるという信頼関係が築ければ、きっと仕事が楽しくなるだろうし、何よりも成果が生める関係になるだろう。

私の名前は、父から”信じられる”人になってほしいと、信の字と、父の弘の一字から付けられた。信じられるようになるには、 信じることだということが、やっと少しだけ理解できるようになった。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2006年2月22日 13:06