政治は現実か、政治は理想なのかを考えさせられた。先日7日、自民党本部で舛添要一参議院に会ってきた。
テレビでもお馴染みの舛添議員。名刺交換、政治家というよりは、学者のイメージが強い。
憲法改正の党主担当者。
学者のイメージとは違って、なぜ憲法改正が必要かということより、 どうしたら憲法が改正できるかという数を意識した現実的な問題が話の中心だ。
「自民党は、公明党と組んでも、参議院で2/3の賛成を得ることはできない。もし、民主党と組めば憲法改正は可能になる。 そうなると公明党と組む意味はなくなる。」と主張した。
「だから、今回の改正案は、民主党でも賛成できるように妥協した。まずは、改正されなければ意味がない。」
政治は現実か。現実的に2/3の賛成がなければ改正されない。だから、2/3を取れるように内容を玉虫色にする。
それぞれの間を取って、現実的に妥協すれば、賛成するものが多くなるのは当然だ。しかし、出来上がった内容は、 日本が目指すべき理想の姿を表しているのだろうか。
政治は理想を求めるものではないのか。
ビジョンを示し、共感を得て、賛同者を増やせば、必然的に新しい日本が創れるはずだ。日本人が初めて、 日本国民の手で作成する憲法なら、斬新で世界から絶賛されるような誇らしいものにするべきではないのか。
しかし、現実の社会は、国民の生活水準にもバラツキが出始め、かつ価値観も多様化している。安定を望むもの、発展を期待するもの、 趣味趣向は実に多彩になってきている。
う~ん。政治は現実か、理想なのか。
これは、経営においても全く同じだ。経営は現実的に捕らえべきか、理想を求めるのか日々葛藤している。
現実を優先すれば、経営など面白みもなく事務的で保守的なものになる。だからと言って理想を優先すれば、現実の資金繰り、 売り上げが比例するとは限らない。
保守か革新か。これが、現実か理想か選ぶ思想の分岐となる。保守主義イコール現実主義であり、 目先の課題をひとつづつ一歩一歩改善していくことで、理想に近づこうとする。これに対し、革新家は、理想に向かってひた走り、 現実的な問題には妥協を許さない。
議長の右側に座ったのが右翼、左側に座ったのが左翼であったそうだ。当然、右と左とでは意見が真っ向から対立する。考え方、 生き方が違うのだから。
私はセンター、「中庸という生き方」 をしたい。決して、中途半端ではなく、足して二で割るような生き方ではない。
是々非々が近いか。
良いものは良い、悪いものは悪い、良いものは取り入れ、だからと言ってカタクナに理想以外は認めないような仕方はしたくない。
現実を常に意識し、理想を追う。理想を求めながら、現実的な課題を一歩づつ克服する。これが経営だ。どちらが欠けても、堅物だ。 直球を投げられれば、センターに打ち返すような経営をいたいものだ。右に流し打ちをしたり、左に引っ張ったりするより、 センターオーバーのホームランが最も飛距離が出るものだ。
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投稿者 :堀田信弘: 2006年3月 9日 23:33