運をつかもうとしているか。大きな決断をするとき、その事象が起きたことを運と思えるか。運と思えれば、 つかむか逃がすかは自分次第である。
独立しようと考えたとき、会社を辞めようかと考えたとき、さらには、結婚しようかと考えたとき、 このような事象が起こる可能性は人によって違う。発生する可能性は、その人が持っている魅力とそれまでの知り合った人の数で大きく変わる。 魅力的な人、言い換えれば、運をつかもうと努力している人は、必然的に多くの出会いがある。出会いが多い人ほど、自分の力以上に、 運命の別れ道となるきっかけがやってくるのだ。
運を高めるには、その母数である、きっかけとなる事象が多く発生させることが何よりだ。そのためには、多くの出会いを求めて、 新しい環境、異なった環境を知ることが、現状のままでいるよりも、 これまでとは違った事象が起こる可能性が極めて高くなるのは机上の世界ではなく、当然の事実である。
しかし、不思議なことに、運をつかんだと思われる人と話して見ると、実は、良い運と悪い運の発生頻度は五分五分であったりする。
大きな運をつかんだ人は、過去に大きな失敗をしていたり、ついこの間まで絶好調であった人が、突然不運に見舞われたりする。
つまり、母数が多くあっても、または、滅多に岐路を迎えるような事象がなかったとして、 幸運をつかめるか否かはさらに半分の確率になるのだ。結局のところ、どんなにチャンスが多くても少なくても半分は幸運で、 半分は悪運ということになる。これは、あくまでも机上の世界だ。
しかし、机上の世界でありながら、人生という長い期間で見たときには、以外にもそうとは言えず、 誰しもが概ね五分五分ではないだろうか。
ここでは、五分五分であると仮定しよう。
なぜなら、「俺は今まで幸運続きだった」という人が出かねないからだ。
でも、その人が90歳であるならまだしも、残りの人生があと3年なのか、30年なのか誰にも予測つかないなかで、 幸運だけの人生なんて言いつくすことはできない。
たった数年間で、日本で最も有名な社長になったホリエモンのライブドアが、上場廃止になることなど予測できなかったはず。
ずっと勝ち組でいる大金持ちの社長が、明日交通事故で亡くなれば、その人の幸運はたった一日で不運になってしまう。
長い人生だから運は五分五分である。
でも、経営者は、だからと言って、二分の一の単純な確率で物事を判断することなどできない。
経営者は、運を見方にしなければならないのだ。
3度も連続で、あまりにも良い結果が続くと、「俺は天才かも」と誤解する。普通の経営者なら「こんなに良いことが続けば、 4回目は落とし穴があるかも知れない」と考え慎重になったりするものだ。でも、運というのは、不思議なことに、 落ち始める繰り返し落ちるのが普通だから、有能な経営者は、3度目の結果が2度目の結果よりも良かったと判断できたときは、 単純に回数ではなく、4回目にもっと大きな期待をかける。つまり、良いときの運の勢いに乗ろうとするのだ。
もし、3度目の結果が負けでなかったかも知れないが、2度目より下がっていたとしたら、 4度目はもっと下がると思ったほうが懸命である。
ただし、どうせ五分五分なのだから、5度も連続で好結果が出たとしたら、そろそろ落とし穴が起これると思ったほうが懸命であろう。
運のない人は、1度や2度連続で失敗しただけで、世界中で一番運が悪いのではないと思い込んでしまう。そういう状態でいると、 3度目に幸運の女神がそばを通っても、気がつかず、いや気がついても心が慎重になっているから捕まえることができなくなってしまう。
運とは、良いことが続くこともあるが悪いことが続くこともある。むしろ、五分五分だからと言って、 交互に訪れることのほうがこれこそ机上の世界である。
1回の勝負で100万円の投資が必要だったとしよう。5回連続で勝ち続けることは極めて難しい。しかし、3回連続で勝ったとしたら、 4回目にそれまで勝った分の300万円を投資してはどうだろうか。負けても0に戻るだけ、もし勝てば、 6回連続で勝ち続けたのと同じ金額が入ってくる。
もし、逆に4回連続で負けたとしたら。そろそろツキが戻ってくると思って、それまでの負けを取り戻そうと500万円を投資したりする。 勿論、勝てば100万円のプラスになるが、このようなときは総じて負ける。不思議なことに、十分の1の50万円を投資したときに限って、 勝ったりする。普通の人は「なんだ500万円にしておけば良かった」と考えるものだが、悪の循環を断ち切れる人はそうして、 投資額を減らすことで、チャンスが訪れるまでずっと耐えるものだ。
経営者は、運をも見方にしなければならない。
しかし、運は見極める判断は、そんなに難しいものではないのかもしれない。
あなたのそばに、運の話が訪れたら、それは選ぶか否かはあなた次第なのだ。訪れる割合は、人によって多い少ないはあるかもしれないが、 運の良い人とそうでない人とではそう大差はないのである。違いは、運の流れ読む力と、行動するか、抑えるかの決断ができるか否かだけである。
誰にでも運をつかむことはできる。
どうせつかむなら、大きい運のほうが良いが、それに対するリスクという不運の可能性もある。だからといって、 小さな運を何度か連続つかんでしまえば、そうそう大きな運は回ってこない。
何かを得ようと思えば、何かを失うことと同じなのである。
最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。
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投稿者 :堀田信弘: 2006年3月15日 23:31
運というのは「道」の事です。
道にはそれぞれ学びがあり、その質や量によって、人の人生は常に構築され直してゆくものです。
幸せを感じる高い能力を心が持っているとき、良い運はその振動の高みに引き寄せられてやってきます。
逆に、愚痴や不満、不平の心を放置している人には、悪運が忍び寄ってきます。
選択は自由なので、素直な感謝の心で良質の運を掴めるように、心を磨いて置きたいものです。
投稿者 MasumiK : 2006年3月16日 17:46
なるほどと思う面があります。
どのような境遇であれ運は公平に与えられていると感じます。栄華を極めた西武の堤さんにもあてはまると思います。勝ち負けはパチンコのような賭け事にも共通点がありそうです。
総じて勝つ時は、投資額が少ないときであって、多額の投資をしても当たりがきたとして、元がとれない。
勝負する日を少なめにし、投資額を設定して当たりがこなければうち切る決断も経営者に必要な要素かと感じました。
投稿者 タジイ : 2006年3月16日 17:14
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