どんな力を持ったものが強いのか。何らかの力が強い人がリーダーになるのが必然である。例えば、人間の世界では、3人集まれば最も小さな組織になるが、その3人の中でリーダーを決めようとすると、その小さな組織にとって必要な力が、他の二人以上に秀でている人がその組織にとって相応しい必然的なリーダーなのである。
組織と言っても、ボランティアの組織から、地域の集まり、PTA活動や、企業、政治の世界に至るまで色々な性質があるから、それぞれに求められるリーダー像は違ってあたり前である。
私も、企業だけでなく、色々な組織の活動に関わったり、垣間見たりして、様々なリーダーの人と出会ったり、リーダーが選出される場面を見てきた。
その中で、ある能力が高い人が、組織の中で"選出されるリーダー"に共通した特徴であると考えられるようになった。
"選出されるリーダー"とは、組織の中の主従関係として、非選出側の集団の構成員が、主(あるじ)として相応しい人を自ら選び、その人であれば従えるだろうと、自ら主従関係を選択することである。
政治の世界であれば、選挙であったり、地域の代表であれば他薦による民主主義的な選出方法である。選出時には、行動力がある人だとか、信用力があるとか、公平な判断力があるだとか、様々な思いで選ばれるわけだが、選ばれた顔ぶれを見ると、メッセージ力の高い人が選ばれているように思えてならない。
その組織の代表者として、組織の想いを構成員に代わって代弁できる人なのである。
代弁できるというのは、話が上手いという意味ではない。
最近流行りのプレゼンテーション能力が高いだとか、必ずしもコミュニケーション能力が高いだとかとは少し意味が違う。私は、メッセージ力を、"考えや想い"を外に話すだけでなく、内に対して"共有できるような気持ちを示せる"ことと定義したい。
3人の組織だとすれば、何れか一方が他よりも自分の気持ちと共有できると判断し、3人のうち、
2人が一致すればその組織のリーダーになる。たった2人が一致できなかれば、その組織はリーダー不在のバラバラな組織と言って良いだろう。
サルの世界では、最も力が強い人がボスになる。力とは腕力である。力が衰え、若いサルが力を伸ばしてくると、ボスは交代する。
ボスの力は永遠でなく、その組織の中で最も力が強い間だけ有効である。そうして、サルの世界では、組織を構成し、主に従う群れの集団となる。
人間の世界でも、力が強い人がリーダーになることが、その組織にとって最も幸福なことである。力がない人がリーダーになれば、組織は分裂の危機を向かえたり、目的を全う出来なくなったりする。
前述の"選出されるリーダー"は、私が見る限り、最もメッセージ力の強い人がリーダーとなる。メッセージ力が弱くなったり、対外的に通用しなくなったりして、それに代わる内に対して"共有できるような気持ちを示せる"人が出てきたら、組織は新しいリーダーを選出するだろう。それが最も健全であることを理屈ではなく、必然的なものとして考えているからである。
ところが、"選出されないリーダー"というのは厄介である。
特に、経営者。
自らが、独立して会社を作ると宣言した瞬間に、誰も選んでもいないのに、一家の主となるリーダーとなる。
そこには、メッセージ力など無関係だ。
また、後継者として無条件に選任される場合。
世の中の一般のリーダー像と大きくかけ離れることが起き得る。最も力が強い人がボスになるというサルの世界でもあたり前のことが、あたり前でなくなる。
だからこそ、"選出されていないリーダー"というのは、メッセージ力に対して、一際敏感であらなければならない。そうでなければ、主に従おうという組織の体はなさない。
残念なことに、メンセージ力がなくても、平然と違う力を持って組織を統制しようという人が多すぎる。
私は、そんな組織は認めない。
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投稿者 :堀田信弘: 2006年4月 8日 20:55