私は、単身赴任のため毎週週末に新幹線で自宅に帰る。今日も同じように新幹線に乗っていたら、白い杖を持った若い女性が途中から乗車してきた。
足が不自由な車椅子の人の場合、駅員がホームで乗車をサポートし、乗務員が車内を案内する。
全盲の方の場合は、一切のサポートがない。杖を頼りに乗車するも、空いている席を探すことは杖では不可能だ。私は、「私の隣が空いていますよ」と言って、手を差し伸べ、座ってもらった。
彼女に話かけると、週に何度か新幹線でマッサージの学校に通っているとのことを知った。
もし、私が、目が見えなかったら、電車に乗って学校に通う気持ちなど起きないのではと思ってしまった。真っ暗な闇を見つめ、どこに何があるのかも判らず、どんな顔をした人がそばにいるかも判らない。
駅のホームなどでは、点字や歩行ブロックが整備されているので、杖が目の変わりになることはできても、空いている席に座るには、誰かの働きかけがなければ無理である。
私だったら、杖が目の代わりにならないような、サポートしてくれる人がいるのかいないのか全く予想もつかない状態のところに出かける勇気など生まれない。
それなのに彼女は、何かを期待してか、あるいは別に大した期待もせずにか、ただ起こり得ることを正面から受け止め、座れれば座るし、座れなければ座らないと割り切っているようだ。
ポジティブな考えだ。
経営をしていると、先が全く見えない真っ暗なトンネルの状態に入ることがある。
いつそのトンネルを抜けられるのか、どうやったら抜けられるのかを考え、もがき苦しみ、気が滅入ってしまうことがある。そんなとき、経営における白い杖は、自分のポリシィーや経営理念であり、見えないものを初心に返って見ようとすることで、うっすらと頭に見えた可能性を頼りに、その闇の中を歩き始める。
それでも、いつトンネルを抜けたのかなど感じることもなく、答えが見えない状態は永遠に続く。
全盲の彼女と出会って、抜けることができないトンネルの中にいることを受け止めている姿に感銘を覚えた。たとえ目が見えなくても、もし目が見えたとしても、人生を切り開くのは気持ちの持ちようだと言うことを知った。
私はこれまで、何が正しいという答えがない見えない経営の世界において、ポリシィーという白い杖さえあれば、何とかなると思ってきた。
しかし、白い杖で探ることができない場合があることを知った。そもそも、経営なんて、トンネルから逃げ出すように抜けることだけを考えるのではなく、いつもトンネルの中にいるものなの。
そう考えると、前向きな気持ちを持っていなければやっていけない。起こり得ること、起こったことを当たり前のように受け止め、次に何をすべきかを考えるのか経営なのだ。
そういう意味で経営者は、100%ポジティブな人でなければならない。これまで出会った有能な経営者は、皆明るく、常に将来を考えて前向きに生きている。他人の案に問題点を指摘するのではなく、他の人の案とは違った案を出そうというような心の持ちようが、ネガティブとポジティブな人の違いのひとつの例だ。
それから、過去のデータを眺めて問題点を抽出するよりも、将来の見通しに対してどうやったら成功するかを考えるのもネガティブな人とポジティブな人の違いであろう。
何れにしても、ポジティブな人というのは、言い換えれば悲観的ではなく、楽観的に間違いない。
楽観的に生きるには、人生を苦しいと考えるのではなく、起こること起こることが楽しいと考えられることであって、精神的にタフというよりも、あまりクヨクヨと深くまで考えないある程度大雑把な精神的な余裕度が必要なのであろう。
経営という世界に入った以上、いつまで経っても絶対に抜けることができない、お先が真っ暗な永遠に続くトンネルに入ったことをまず受け止めることから始まる。
まず受け止められなければ、その中で楽しさを見つけることに移れやしない。
私も、息子が障害を持っていると知った時、ただ涙だけが流れ、悲しいだけで、治らないことに絶望感を覚えた。しかし、やがって絶望感は、必然的なものと受け止められることになった。後はどうやって永遠に付き合って行くかを考えられるようになる。すると、不思議に気が楽になった。
気が楽になれば、ひとつひとつ起こることは、息子にとって良いことばかりだと思えるようになった。
人生は不思議なものだ。心の持ちようで楽しみにも、悲しみにも変わる。
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投稿者 :堀田信弘: 2006年5月19日 23:50