経営者の中で、組織のトップを支えるナンバー2として最も有名な人は、トヨタの元副社長である大野耐一氏ではなかろうか。大野氏は、ナンバー2という補佐役として、ナンバー1に有名な技術者である。
「活・喝・勝」は、リーダーのためのコラムであるが、リーダーは、ナンバー2の存在が如何に重要であるかを知る必要がある。
そしてまた、ナンバー2も同じリーダーであることも知らなくてはならない。
大野氏と言えば、トヨタ生産方式を体系化した人である。大野氏は、トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎が提唱したジャストインタイムという方向性を具体的に「カンバン方式」という形で具現化した。
私は、多くのIT企業の社長とお会いするが、その9割はナンバー2が存在しないことを悩みに感じている。
残りの1割のナンバー2がいるとトップ自らが自覚している会社は、ほぼ間違いなく成長に成功している。
それだけ、トップにとって、ナンバー2を持つことは極めて重要である。
では、どんな人がナンバー2に相応しいのであろうか、または、ナンバー2は育つものなのか考えてみたい。
ナンバー2とは、一般的に補佐役という縁の下の力持ちのイメージがある。しかし、私の考えるナンバー2は、大野氏のそれと同様に、決して補佐役ではない。ナンバー2は、脇役ではないのだ。
大野氏が、トップが提唱したものを具現化したのと同様に、イエス・キリストの考えを宗教として体系したパウロも、私が考える偉大なナンバー2である。
大野氏もパウロも、決してトップを補佐するのが仕事ではなく、トップの考えを体系化し、より明確に、鮮明にしたところに偉大さがある。
パウロについて言えば、キリストが死んだ後に、まだ宗教ともいえないような曖昧な思想を、新しいキリストを作り上げることで、その考えを明文化した使徒である。
つまり、大野氏もパウロも、トップの考えを継承しただけでなく、時には誇張し、より判りやすい形にしたことに意味がある。
そういう意味では、トップが考えていなかったこと、トップでさえ漠然としていたこと、あるいは、
トップ以上にビジョンを明確にする力を持っていたと言えよう。ひねくれた言い方をすれば、トップとは、言い出しただけであり、その言い出したことを正にしてくれたのは、全てナンバー2のお陰であると言えよう。
そう考えると、ナンバー2という言い方は、実は相応しくないのかも知れない。トップの弱点や不足部分を補うだけでなく、トップが鮮明にできなかった色を、誰もがわかりやすい色に"塗り替えた"と言っても過言ではない。色あせたハッキリしない色を"塗り替えた" のだから、ナンバー2というよりは、実は物凄いリーダーシップを発揮したに違いない。
私は、ナンバー2だからと言って、リーダーではないとは一切思っていない。逆に言うと、リーダー的な素養がなければ、決して素晴らしいナンバー2にはなれやしない。なぜなら、ナンバー2は、トップが打ち出した総論賛成、各論反対を打ち破る力強さを持っていないといけないから。
従って、トップにとって必要なナンバー2というのは、リーダーシップがあり、体系化、具現化できる行動力とデッサン力の持ち合わせた人なのである。だから、9割の会社で、ナンバー2がいないというのはある意味納得ができる。
同じ会社にリーダーシップがある人が二人もいるような贅沢な体制であれば、間違いなく会社は成長して当然だからである。
このような有能なナンバー2の人であるから、良く考えて見ればいつでもトップになることができる素養を持っている。それでは、なぜトップではなく、ナンバー2なのか、真のナンバー2の存在意義とはどのようなものであろうか。
能力としてのナンバー2は、前述した通り、ある意味でトップよりも優れている。しかし、ナンバー2がナンバー2として、思い切って仕事ができ、その能力を最大限に発揮できるのは、その人が持つ能力よりも、トップとの相性のほうが実は大きい。
どんなに能力が高いナンバー2であっても、トップの座を脅かすようなタイプで、トップの意見を無視するようなものでれば、真のナンバー2にはなれない。もし、そのような関係であるならば、トップに切られるか、ナンバー2が謀反を起こすに間違いない。トップが、ナンバー2を持てない最大の理由は、実はこれが怖いからである。
戦国武将で言えば、有能な武将には、有能な家老がいた。家老は、武将を身体を張って守り、武将が強い武将であるような演出をして、シナリオを書いて演じさせた。武将は、自分を裏切らない"腹心の家来"の中で、最も具現化ができる有能なものを家老とした。ちなみに、"腹心の家来"とは、武将の代わりに腹を差し出し、武将の胸(心)のうちを最も知っている家来で、武将が何でも打ち明けられる者のことである。
簡単に言えば、孤独な武将が相談できる貴重な存在である。
つまり、腹心の家来である家老というのは、言い換えれば、武将の弱みもさらけ出すことさえできる、親友のような関係でもある。
そのような間柄になるのは、家老が武将を尊敬し、武将の欠点を補おうとするフォロアーの気持ちが大切である。武将のほうは、自分が持っていない能力を持っていることを率直に認め、その家老に託すことができるくらい愛する部下でなくてはならない。
そのような親友のような関係でありながら、武将を上司として立てることができる気遣いも家老の重要な条件であろう。
能力、そして二人の相性、この二つの組み合わせができるのは極めて難しい。だからこそ、トップは、愛すべきナンバー2を常に追い求めて探さなければならない。これは、一朝一夕には実現できない。
経営者にとって、部下を育てることは極めて重要なことだ。しかし、ナンバー2に限って言えば、私は、ナンバー2を育てようとして育つものではないと思っている。もし、可能性がある部下がいたとしたら、育つのを待つのではなく、一刻も早く抜擢し、傍においてみるべきである。
もし、可能性がある人間がいないのなら、今いる人の中から育つのを待つのではなく、外部から積極的に登用すべきである。能力は育つかも知れないが、トップの感性が理解できる相性というのは、出会いのようなものであってそう簡単に身につくものではない。
そして、何よりも、まず、部下のほうがトップを敬愛してカバン持ちを申し出るようなものでなければ難しい。
敬愛されていないようなトップには、ナンバー2など生まれないのである。
腹となり胸となるような部下を持つには、腹を割って話し、胸の中を分かり合えることが重要なのだ。
そして、そのような部下にめぐり逢えた時には、家族のように、時には共に喜び、悲しみ、そして、親子のように時には心から怒り、時には慰めてあげる。そして、その部下自身が、ナンバー2が持てるように祈ってあげ、そうなるように組織を持たせることも重要である。
そうでなければ、ナンバー2は、いつまでもナンバー2のまま終わってしまう。
ナンバー2がそのまま終わるようでは、真のナンバー2ではない。大野氏が、多くの弟子を持ったように、真のナンバー2は、最後はトップリーダーになり得る人でなければならないのだ。これは、リーダーがリーダーを求めない限り、成し遂げられない。
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投稿者 :堀田信弘: 2006年5月28日 08:17