【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


求める人材  「活・喝・勝」


組織作りは採用から

もし以下の4種類の人材がいたとしたら、あなたならどの人材を採用するだろうか。

1.能力があり、意欲もある。

2.能力がなく、意欲もない。

3.能力があるが、意欲がない。

4.能力がないが、意欲がある。

誰が考えても、単純な答えは、1番の人を選ぶだろう。2番と言う天邪鬼は論外だが、本当に1番で良いのだろうか。

企業にとって人材は財産だ。財産である人材は、人を採用するところから始まる。初めから財産になるような人を採れることは少なく、財産になり得る人を採用し、教育という投資をして次第に財産にして行く。

その最初の入り口である採用、磨けば光るだろう原石を見つけ出すのは、中々難しい。

採用基準は各社様々だし、求める人材像も異なるだろう。

今すぐ即戦力として活躍してもらえる人が入れば、教育という名の時間的、金銭的投資が不要なる。だから、直ぐにお金を生む勘定ができるから、そのような人材が来れば、どんな経営者であっても何も考えずに採用することになるだろう。

しかし、今求める人材ばかりを考えて採ると言うことは、人材に投資はしないということになる。つまり、原石を磨いたのではなく、給与というモノを与えて買ったことになる。

こればかり繰り返していては、当然、企業文化など育つはずもない。

儲かりさえすれば文化など必要ないとも言えようが、言い換えれば、儲からなければ踏ん張って残ってくれる人もいなくなるということである。

そのように考えると、人が財産と胸を張って言えるのは、将来の成長性、可能性を見て、教育という投資をして育てた人のことを財産といえるのではないだろうか。

苦労して手に入れたものが財産であり、数多くのハズレの中から残ったものが希少価値だ。ハズレは自分の見る目がなかった結果であり、稀の当たりは実に大切にしたいものである。しかも、お金も時間も費やしたこの感情こそが財産の証なのである。

さて、問題の答えに戻ると、実は私は、これまで4番の人間を採用して来た。

私に考えは、人の能力など大差ない、だから、やる気のある人ならば、きっと現在顕著化している能力を超えて、潜在化してる能力が将来開花するだろうという思いからである。

しかし、この答えを導くまでは、正直言って1番の人を求めていたのは確かである。ところが、何百人もの休職者と面接を行い、実際に1番の人に内定を出しても、相手のほうから断られる。或いは、採用まで行ったとしても、短期間で辞められてしまうということが多かった。

なぜなのかと考えた。

能力があり、意欲がある人は、見極めが早い。女性で例えると叱られるかもしれないが、誰もが認める美人タイプだ。

こんな人とずっと一緒にいられれば良いのだが、美人というのは自分が美人であることを認識しているから厄介である。

もし、職場の環境が、美人の地位を脅かす競争を促すような環境であれば、なにクソという感情も生まれるのだろうが、それができないのが中小企業の悲しい性である。

当然、美人には逃げられる。美人は、美男のところに行ってしまうと考えるのが自然な姿であろう。

そんなことを繰り返し、4番の「能力はないが、意欲がある人」をと考えるようになった。このタイプは、意欲が高いから、環境さえ与えれば、能力以上の力を出せると思ったからである。幸いにして、中小企業には、大企業の面接に何度も落ちて、やる気だけを前面に出すタイプが多く表れる。

そのため、やる気が本気か否かを見極めさせすれば、予想通し力を発揮してくれることが多かった。

この考えで採用すると、7割位の確率で、張り切って何とか頑張ろうという人が多く採れた。

ところが、非常に例外的なことが起こることに気がつき始めた。

7割はそれで良いのかも知れないが、その中から、明日のリーダーを担うような突出したほんの一握りの人材は中々表れないことに気がついたのである。

根本的に、私自身がズバ抜けた能力を持っている訳でないから、正直のところ、気持ちさえあれば何とかなると単純な考えを持っていたのも事実である。しかし、今の会社を設立して、私について来た仲間は、正直言って皆私よりも有能である。

逆に言うと、私が当時直接採用した人の中で、自ら手をあげて私とやりたいと言ってきた人は少ない。言い換えれば、「能力がないが意欲があった人」は、何とか掴んだ現状にしがみ付き、さらにそこを飛び出してまで、何かをやろうという能力を持った人ではなかったのかも知れない。

冒頭の問題に戻ると、ドイツ軍に入隊する際に注目されるのは、3番の「能力があるが、意欲がない人」だそうだ。

この話を聞いて驚いた。

能力が高いにも関わらず、今の環境に不満を持って、やる気が出せない人というのは、やる気させ与えれば実力が発揮できるという発想である。そういえば、今、私の周りにいる部下たちも何かを求めて飛び出してきた現状に不満があった、能力のある人ばかりだ。

これに対し、4番の「能力がなく、意欲がある人」というのは、意欲という希望的観測に対し、未知数の能力を期待するというものである。

これに対し、3番は、まず能力を認め、意欲を如何に引き出すかであり、意欲を与えるのは、こちら側であり、あちらは能力を発揮するだけなのである。

4番は意欲という期待値のため相手に依存してハズレもあるが、4番は完全にこちら側の問題なのであり環境を与えられるかが鍵である。

言わば、素材は美人であるが、ヘアースタイルや服のコーディネートを施せば、本人が思っている以上に輝く可能性があると言えるのかも知れない。

どうやら、私は、3番と4番を混同して運用していたようだ。本当は、1番がほしかった妥協の産物を、相手のやる気という見えない心を見た振りをして意欲を重視していたのかも知れない。実は、やる気がある人を見極めるというのは、正直言って山勘的なところが多いから、いい加減なものだ。

意欲がない人に意欲を与えるという考えは、会社のファンになってもらうことであり難しい選択である。しかし、経営者にとってはやってみる価値があるはずである。

もし、その人の意欲が発揮させられれば、投資効果は極めて高い人材であり、財産となるだろう。

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投稿者 :堀田信弘: 2006年5月29日 07:02