日本IBMで2000年まで営業をしていたコンサルタントの権八成樹さんの書いた「花を売らない花売り娘の物語」というマーケィングの本を読んだ。
本には「花屋さんは花を売っているのではない、花を贈る喜び、もらう感動を売っているのだ!」とある。
人は花がほしくて花を買いにくるのではない。だから、花という商品で他店との差別化を図ろうとしても、花の違いに大差が出ない。
ならば、花を売るのではなく、お客さんが何を求めてお店に来たのか考えてみる。
病院に見舞いに行く人、パーティーに出席する人、母親の誕生日に花を贈る人、気分転換しようと部屋の中を明るくしたいと思っている人など、花を買って心を豊かにしようとしているのである。
お客さんの想いがわかれば、それに合ったコーディネートができるはず。お客が求める心をつかめば感動を与えられずはずである。
権八成樹さんは、IBMというハイテク企業にいたことを文字って、データ分析などの机上のハイテク・マーケィングではなく、顧客に感動を与える方法をハイタッチ・マーケィングと呼んでいる。
中々面白い本である。
私は、日々多くの営業の方と出会うが、最近この本を読んで、人には「想う力」に差があるのではと感じるようになった。
相手の様子を感じ取ったり、その場の雰囲気を感じ取ったりすることも「想う力」のひとつのような気がする。
最近、IQに代わって、EQという心の指数のことが話題になっている。EQでは、「自分自身の情動を知る力」「自分の感情を制御する力」「自分を動機付けする力」「他人の感情を認識する力」「人間関係をスムーズに運ぶ力」などの領域から指標化されているようだ。
私が考える「想う力」とは、その中の「他人の感情を認識する力」も含まれるが、それは一部である。私が言う「想う力」とは、簡単に言えば感じ取る力と想像力である。
"想"という漢字と"思"という漢字がある。片方は"相手"をおもう心と書き、一方は"田"つまり自分自身の心の在りようと書く。
字から判るように"想う力"とは、自分の心の中ではなく、外にあるものを考えることなのである。想像することだって、自分の経験にはないものを描き出すことである。ちなみにこの二つの漢字をあわせると"思想"という言葉になる。
"思想"とは、こうあるべきという理想の姿を想像し、自分のポリシーとして思い続けることではないだろうか。
「想う力」がある人は、想像する能力が高い。想像する能力の高さは、ふたつの能力の掛け算である。ひとつは、具体的にイメージできる力、そしてもうひとつは、素早く察知する力である。
例えば、接待や接客で考えてみると、「想う力」が乏しい人は、相手に会話をあわせることができなかったり、お酒のグラスが空のまま放ってあったり、相手が時計を気にしているのにダラダラと話を続けたりする。
「想う力」がある人は、気づかいがあり、時にはユーモアがあり、相手や場と共有・共鳴することができる。
だから相手に感動を与えることができる。
言い換えれば、「想う力」が高い人は、人を感動させることができる人のことである。
これは、営業だけでなく、リーダーにも言える。
リーダーが「想う力」が高ければ、部下のことを想い、部下を感動させることができる。
部下を感動させることができるリーダーの組織は極めて強い。
自分本位のリーダーは、「想う力」が乏しい。そのようなリーダーに叱られると、部下は不満にしか感じないから、人が離れて行く。
そして、組織も崩壊する。
「想う力」を高めたければ、感受性を高めるしかない。
最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。
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投稿者 :堀田信弘: 2006年6月20日 09:27