【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


クラウドについて  「活・喝・勝」


大きな夢

私は、ドリームクラスターという会社を作るとき、できれば本当は福祉の仕事をしたかった。偶々子供が障害を持っているということだけが理由ではなく、人と人が接するだけで感動する仕事をしてみたかった。この夢は今でも変わらない。しかし、この大きな夢を実現するには、大きな資金と沢山の仲間が必要になる。

そこで、ドリークラスターという会社は、一人ひとりの夢が実現できる会社にしたいと考えた。ドリームクラスター社には、100社設立、100人の社長誕生、100の事業展開という"小さな夢"というものがある。

あえて"小さな夢"としているのは、3つの理由がある。

ひとつは、数値目標というのは単なる通過点にしか過ぎないからである。100社できたことで満足しては行けないし、常にもっと大きな夢を追いかけたいとの願いからである。

そして二つ目は、このことは目標と呼ぶには小さすぎると言う意味だからである。それは、目標に縛られて、そのために急ぐ必要もなければ、無理もする必要もないということを表している。"小さな夢"としているのは、目標とも目的でもなく、働く皆の夢を叶えることのほうが遥かに大きな目標だからである。それを一つ一つ着実の叶えることが、ドリームクラスターにとっては最も"大きな夢"なのである。

これら二つは、それとなく会社のホームページにも書いてある。

そして、3つ目は、実は私自身の"大きな夢"を叶えたいからである。その夢を叶えるために"小さな夢"を叶えることで実現したいと考えた。それが福祉の仕事だ。

私の"大きな夢"は、仲間たちと一緒に働き、共に感動して、できれば近くに皆で暮らせるそんな職・住が一体となった場所を作りたい。定年退職後に共に手を差し伸べられるような場所。

先週、養護学校のPTA研修で障害者の福祉施設を見学してきた。県内にある施設の中でも大規模なほうで、広大な敷地の中に、100人の障害者のための様々な施設があり、他にも老人ホームや一般の保育園まであった。そこで働く人も100名近くおり、そこだけでも産業のようだった。福祉の里を創るという理念をもった理事長の話には感銘を受けた。

「障害者と健常者が一体となるだけで他にはない可能性が生まれる」と言い、そこで働く人のための託児所も整備した。働きやすい環境を整備することは、それだけで福祉に通じるものがあるようだ。子供が生まれても託児所があれば、働き続けることもでき、年老いた親を見てくれる老人ホームまである。

そこで働いている人は、一方でそこの施設の利用者にもなっているのである。畑があり、馬も飼い、喫茶店まである。巨大な食堂の中では、全員が食べるための準備を障害者も一緒に行っていた。露天風呂まである。大きな風呂があれば、掃除をするのも大変だが、皆が少しづつ分担してやれば何とかなるものである。お祭り用のねぶたまで作っている。こうした様々な取り組みは、なるほど健常者だけではできないかも知れない。

人は生きていれば、必ず食べるし、服は洗うし、お風呂にも入る、生活に必要な最低限のものがこの福祉の里には揃っている。食事でも洗濯でも、お風呂でも大勢の人が利用するところでは、以外にも障害者の根気強い気持ちが役に立つようである。普通の人であれば、嫌になるようなことも、知的障害者は、毎日繰り返し行っても、それだけで楽しそうである。

今までも色々な施設を見てきたが、"障害者のための施設"が多く、障害者と健常者の両方が満足するような場所はなかった。もはや施設というよりは、ひとつの"村"のような感じである。

ここで作っているねぶたは、初めこの"村"の夏祭り用に作ったそうだ。しかし、ここの夏祭りは半端ではない。地元の人たちも訪れる本格的なもので、毎年3000名近い人で賑わう。そうなると、ねぶたも本格的なものになる。青森出身の職員が、青森に行って研究し、形も色も本物さながらである。するとやがて、県内各地の祭りにも呼ばれるようになり、ねぶた作りも大きな仕事のひとつになった。

働いている人は、若い人から年寄りまで様々。皆笑顔が素晴らしい。

こんなに働けることが楽しそうに見えるのには感動すら覚える。

私の描く"大きな夢"の姿を垣間見た。必ずやってみたい。

ドリームクラスターの100分の1の事業の中のひとつになれば幸いだ。そして、私の夢は、私だけの夢でなく、皆の夢の後の手伝いをしたいと考えている。私も含め若いうちは、現実的に可能性があることに精一杯努力したほうが良い。それが夢に近づくことだ。時には、したくないことだってやらなければならない。私も自分の夢のために、現実的なことを精一杯やる。全ては夢のためだ。しかし、結婚し、子供ができ、親が年老いと、誰でもが経験する生活というものがある。それらは、時に、夢の現実を阻むことだってある。それでも夢を追いかえるのも良いが、人によっては夢を断念しなければならないことだってある。あるいは、夢を実現する前に定年を向かえることだって考えられる。

私はそのような受け皿として、福祉の場を考えている。その場所は、年齢に関係なく誰もが必要とされる場所だ。最低限の生活レベルかも知れないが、買わなくても作れば何でも揃う場所でもある。そういう場所で、一緒に夢を追いかけた仲間たちと、楽しく過ごせたら幸せだろうなと夢見ている。

何れ叶えたい大きな夢だが、そのためには、残り97の小さな夢を着実に育てて行かなくては。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

毎朝6時に社内朝礼ブログをこちらで公開しています。こちらもご覧頂けたら幸いです。

この内容に共感頂けたらこちらをクリックして下さい。ありがとうございます。

投稿者 :堀田信弘: 2006年7月 9日 23:10