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企業経営について  「活・喝・勝」


独立採算制の組織

事業部制や社内カンパニーのような独立採算の部門運営を行う企業が増えている。会社が次第に大きくなると、事業間の格差も生じ、責任を明確にするためそのような組織運営が必要になる訳だ。元々は、松下幸之助が考案そうだが、今の時代には単純には適用できない面が生まれてきた。

トップは、なぜ独立採算制の事業部を設けるか。これはトップでないと判らない悩みがあるからである。その悩みのひとつは、例え取締役であれ、部長であれ、もう一歩上の経営感覚を身に着けてほしいとの想いがある。社長は常に孤独であり、決断を迫られる。そんな時、対等な立場で会社全体のことを考えて、議論できる側近が必要なのである。本来、その側近は、取締役である。

取締役というのは、専務だろうが、常務だろうが、会長であろうが、皆株主総会で選出された取締役に過ぎない。社内で勝手に決めた肩書きに上下関係はあるものの、商法で言えば、取締役に上下関係はなく、対等の立場でそれぞれを牽制する。代表取締役は、取締役の中から選出されるし、取締役によって解任もされる。一定の緊張感が会社を成長させ、かつコンプライアンスも強化できるのである。

こうして言うと、いかにも大企業の話に聞こえるが、これは、決して大企業にだけ適用されているものではなく、株式会社であれば、どんなに小さな会社でも商法で決められているのである。しかし、実態は、大株主が代表取締役社長であるケースが多いため、株主が選出する取締役は、結果として社長が選出するのとイコールになっている。

そのため、解任されるかも知れないような緊張感を作りたくない社長は、自分に反対意見を出すような者を取締役にしようとは考えないのである。

そもそも、会社というのは、株主と経営者と、執行者という三権分立が求められているのに、中小企業では、それが一体となっているから、本音と建前が生まれてくるのである。しかしながら、人材不足の問題もあり、あるいはかえって意思決定が早いなどのデメリットばかりではないので、一概にこれを否定することはできない。

それは承知の上であるが、経営者たるものは、現実とは別に、本来あるべき姿、理想を求めなくては、王道の経営はできないはずである。

そこが無い状態で、冒頭にあげた独立採算制の組織など上手く機能させられるはずもない。

なぜなら、トップの悩みは、右腕左腕と呼べる側近がほしいからである。自分に事故があった時に、会社を任せることができる後継者について、いち早く育てたいと考えている。そのために、独立採算制の組織をまず担当させて、実績を見たいと考える。ところが、限りなく経営者として育成したいのであれば、独立採算制という中途半端な考えでは上手く行かないのである。

私自身、事業部長を経験したが、事業部長というのは執行者であり、経営者にはなり得ないのである。それは肩書き上の問題ではなく、たとえ取締役事業部長であっても、本当の意味での経営を肌で感じるのはあまりにも弱すぎる。

もし、本当に経営者として育成したいのなら、小さな子会社を作って、そこに事業を移管したほうが良い。

どんなに小さな会社でも、しかも株主が100%親会社であっても、そこの社長になれば、これほど早く経営者として育成できる手段はない。株主が誰であっても、社長のやることは経営であり、上手く行かなければ株主によって社長は交代される。これが本来緊張感のある経営ではないだろうか。

大体にして、社内カンパーと呼んで、仮想別会社にしたとしても、キャッシュフロー、資金繰り、銀行からの借入、資本と債務の割合などは、仮想会社では経験することができないのである。社内カンパニーの仮想社長は、単独で銀行とやり取りできるはずもなく、ましてはその人が個人保障人になって、借り入れることなどあり得ないのだ。

つまり、事業部制は、経営者を育てるためのものではなく、執行責任を明確にし、かつ、社内競争させることが目的なのである。

そのような考えのもとに事業部制を導入するのであれば、何ら問題ない。経営と執行を分離し、株主は経営者を選出し、経営者は執行者を任命することで、それぞれの責任は明確になる。だが、この考えができるのは、中小企業ではなく、大企業である。中小企業でもこの考えをもつ必要であるが、現実は難しい。

私の会社では、規模は小さいが、ドリクラスタイルという事業方針の中に、経営と執行の分離をうたっている。しかし例外にもれず、中々実現できないのが実態である。でも、これは本当は規模の大小ではなく、呑み屋ではオーナーがいて、店長やママが運営しているようにやろうと思えばできるものなのである。私も、事業方針にうたった以上、株主、経営者、執行役の分立は必ず果たしたいと考えている。

でも一般の中小企業では、執行者と経営者が一体となっているほうが現実的である。となると、事業部制をとって、執行責任を明確にするというのは、イコール経営責任を明確にすることになる。であるならば、子会社に分社して、経営を任せるべきなのだ。

それができないのは、社長が、子会社を持つ勇気がないのか、それとも分社すると親会社が機能しなくなるのか、あるいは、それを任せる人物を信用できないのかの何れかではないだろうか。それは、社長が、子会社に分離してしまうと、直接子会社の経営に口出しできないことを知っているからである。しかも、それが上手く機能しなかった時には、分社を決断した親会社の社長の経営責任になるからだ。

事業部であれば、社長の責任追及される前に、事業部長の執行責任を求めることができ、会社全体として、機能していれば社長までは経営責任が問われないと考えているのである。そもそも、社長が株主であれば、経営責任もなにもあったもんではないが。

こんな事業部制は、松下幸之助が望んだものではない。幸之助は、経営者を育てるための目的も多分にあったはずである。

社長が右腕になる経営者がいないと嘆くのは、社長が任せることができない人だからである。社長が経営能力がなければ、経営者など育つはずもない。

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投稿者 :堀田信弘: 2006年9月16日 06:31




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 事業部を立ち上げるのは新規事業の創設に当たっての責任制であって、採算責任を事業部長に負わせると同時に其れに見合う権限を付与することになるでしょう。しかしこれは社内的なことであって、社外には会社が責任を持つでしょう。事業管理者ということであって内部的経営責任に限定されている。対外的には社長が責任者である。 事業部が永続するとあたかも独立の会社のように機能するが、資金調達、財務、人事などは会社が握っている。
だが、独立法人化すると法人としての対外的責任が発生する。子会社はそれに相当するでしょう。
 事業部が真に経営責任を持つためには会社化しなければならない。事業部の分社化がそれでしょう。

投稿者 佐武寛 : 2007年1月27日 17:38

松下幸之助さんの事業部せいは一世を風靡しましたが、使われ方が悪くなってすてられたのじゃないでしょうかね。社長の保身のためのかくれみのになったとか。事業部は新規事業が育つまでの揺り篭のような役割でしょう。それを永続化させるからダメだったんじゃないですか。
 おおさか商人から見れば、別家(電工)、分家(ナショナルブランド会社)のほかに、本家(電器)のなかに番頭家をつくったようなものでしょう。これでは本家の旦那(社長)のおもうようにされてしまいますなあ。そのまねを別家も分家もしたのとちがいますか。

投稿者 佐武寛 : 2006年11月16日 12:45


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