彼女の死後、インド政府によって国葬にされた。ヒンドゥー教の国インドで、国葬をしたのは大統領以外で唯一、カトリック教会の修道女であった彼女だけだ。彼女の本名はアグネス・ゴンジャ・ボヤジュ、彼女は、生前「愛の反対は憎しみでなく無関心」と語ったことで知られている。
人に愛されないどころか、全く関心を持ってもらえないことほど辛いものはない。
学校のいじめでも、最も悪質なものは、友達に無視されることだそうである。話しかけてバカにされるより、無視されることのほうが子供達は傷つくそうだ。
正確に言えば、無視とは、関わりを拒絶することであり、意識的に関心を示さないことである。無視という故意に心を閉ざす行為は、言葉の暴力より陰湿で汚い。一方、無関心というのは、無意識的に関心を持っていないことであり、故意ではない。言わば、無視をしているのと違って、その本人に悪意もなければ何の考えも意味合いも持っていないことである。
アグネスの言葉を借りれば、愛の反対は、無視をするという憎しみよりも、無関心な態度のほうが悲しいということになる。
子供に無関心な親が増えている。
今は、私の一番下の娘は小学校2年生だ。この子を見ていると、子供が親に関心があるように思えてならない。親の私のほうがもっと関心を持たなくてはと反省させられる。
小学校1年生頃から3年生ごろまでは、子供は皆すすんで学校であった出来事を話す。高学年になってくると次第に減少して行く。だから低学年のその年頃が最も道徳教育やしつけにも良いとされている。なぜなら、最も素直な気持ちでコミュニケーションが取れるからである。
その頃の子供はなぜ親に出来事を話すのだろうか。
それは、その日にあった楽しかったことを一緒に笑ってくれたり、あるいは嫌なことに対してアドバイスをくれたりと、同じ目線で話題を共有したいからである。人は、大人になっても話題の共有ができると、親近感を持つことができる。つまり、話題の共有はコミュニケーションを活発にさせ、信頼関係を築く大きな役割を持っているのである。
もし、この時期に、親が忙しいからと言って、話を聞いてあげなかったらその子はどうなるだろうか。コミュニケーションを持ちたがっている子供に対して、仕事のことで頭が一杯になっていると、話題の共有を避けることになる。その結果、親近感は薄れ、話をしても聞いてくれないと信頼感が無くなるのである。
そのような関係が長く続くと、道徳心が育たず犯罪に走るようになったり、あるいは愛情不足を感じて家庭内暴力になったりすることもある。
家庭崩壊である。
親の無関心が家庭崩壊を生むのである。
子供が積極的に親に話しをする姿は、いつもニコニコしている。ニコニコしている状態は、心を開いている状態である。最も話を受け入れられる状態なのである。
これは、大人が仕事する時に当てはめると、部下が上司に報告している姿に似ている。
良い結果を話すときは、勿論誰でもニコニコするだろう。そんな時は、思い切り褒めてあげるのが良い。そして、心を開いている時だから、ほんの少しプラスアルファのアドバイスをさりげなくする。こういう時は、素直に受け入れられるだろう。
別に良い結果を報告する場合ばかりでなく、上司が何気なく話しかけると、部下はニコニコすることがある。通常、上司から部下に話かけた時、その関係が良好であれば、必ずと言っていいほどニコニコするものだ。逆に、部下のほうが上司に不信感、不満を持っている時は、上司が話しをかけるとムスッとした顔をする。そういう場合は、その部下は進んで上司に報告しようとはしない。
報・連・相というのがある。
どこの上司でも皆、報・連・相を求める。しかし、私は、求めるのは間違っていると考えている。報・連・相が上手く行くのは、上司の部下に対する関心がなければあり得ない。報・連・相ができないのは、全ては上司の問題である。
部下に関心を持っていると、必然的にコミュニケーションは上手く行く。その関係が築ければ、自然に報告があがってくる。教育という意味で強制しても、中身の無いものしか報告には上がらない。報告と言うのは、部下が上司にアドバイスをもらうためにやるものである。
そして、連絡。連絡は、上司が部下に行うものである。できればひとりひとり、あるいは全員を集めて、連絡事項の、背景、経緯、そして上司の想いを伝えるのが業務連絡なのである。上司の心が伝えられていなければ、報告だって出来やしない。
次に相談。これが最も重要である。相談は、部下が上司に行うものと勘違いしている人がいる。私は、相談とは上下関係なく行うものだと考える。相談が上からも出来なけば心の上下関係とは言えない。上の悩みを下に打ち明け、上が目指すべき方向性を下に具現化してもらうのだ。むしろ上司のほうが進んで部下に相談するような関係のほうが、部下から相談が多くなると言っても良いだろう。
報・連・相に限らず、人間関係は、関心を持つことから始まる。
実に部下に無関心な人が多い。
部下の顔色を見る、部下の体調を察する、どれもこれも上司の心に余裕がないと決してできない。どんなに忙しい時でも、資料を作成中であっても、部下が話しをかけてきたら、直ぐに手を止めることができなくては部下は近寄り難いと感じるだろう。忙しいそうに見えると、部下は上司の顔がこわばって見えるものだ。そのような状態では、心を開いてニコニコと話をかけることなどできないのである。
アグネスこと、マザーテレサが言った「愛の反対は無関心」は、親子の家庭崩壊だけでなく、職場の組織崩壊をも生むのである。
上司は、部下のことを子供を愛する気持ちで接しなければならないのである。
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投稿者 :堀田信弘: 2006年9月24日 15:09