【堀田信弘の今日の語録】 2010年7月31日 『衰退の陰は、発展と共に常に忍び寄っている。』


IT業界について  「活・喝・勝」


IT業界の行く末

先週は一週間、ハノイ、ホーチミンに出張して来た。目的はベトナム・ソフトウェア協会訪問、日本向けに開発を行っているIT企業の視察など。ハノイにあるソフトウェア協会の話によれば、ベトナムにあるIT関連企業は約1,000社、そのうち協会に加盟している法人は約100社とのこと。

ベトナムの人口は間もなく9,000万人に達しようとしている。経済成長率は、アジアの中では中国に続く8.5%。日本の高度成長期の時と同様な勢いである。面積は九州、四国を除いた位の大きさで、日本と同様に縦に長く伸びている。首都ハノイから経済の中心ホーチミンまでは、飛行機で2時間かかる。東京-福岡の距離。

治安が良く、勤勉で、まじめ、おしゃべり好きの人柄。それでいて独立心が高く、フランスの植民地から独立したこと、アメリカに勝った誇りもある。

日本は、東京オリンピックが開催された1964年から万国博覧会が開かれた1975年までが高度成長期であった。その頃の中心は、20代、30代の若者だった。

彼らは次々に会社を設立し、昭和40年頃には約400万社の企業があった。現在でも中小企業は、全企業の99.7%を占め、当時の20代、30代の若者が今の日本経済を創ったのである。それが、昨年の統計では約300万社まで減少し、開業する数より廃業する数のほうが上回っている。特にここ2、3年は、当時立役者であった創業者が60代から70代になり、後継者不足で次々に廃業を余儀なくされている。

私は1964年のオリンピックの年に生まれ、最も活気がある時期に育った。カラーテレビが家にやってきた日、親父がスバル360のチョークを引いて初めてエンジンをかけた日、インスタントラーメンが生まれ、ラジカセも誕生した。学校の図工の時間には、未来の予想図なども書いていた。

今のベトナムは、まさにその時と同じような感じである。

国民の半数は20代以下、30代以下では65%にもなる。人口密度が高く、2%近い人口増加率があることから、数十年後には人口が減少している日本と同じ人口になることも間違いない。日本の発展に憧れを抱き、学ぼうとする姿勢、意欲が高い。

訪問したIT企業は、何れも素晴らしい会社ばかりだった。私たちは、訪問した目的を聞かれ「オフショア(ベトナムへの発注)を考えている」と伝えると、彼らは、「日本から仕事がほしい」と熱心に訴えてきた。

開発体制、最先端の技術、管理体制、教育カリキュラムと次々に説明を聞いていくと、私たちのほうにオフショアする資格があるのか情けない思いがこみ上げられてくる。

CMMレベル5という世界最高レベルの開発管理体制を持つ企業が数社もある。日本の大手上場SI企業でレベル4すら持っていないところが大半である。500人余りのレベル5の企業に行って驚いた。毎日全員が必ず何らかの教育を受けている。技術だけでなく、英語、日本語、マネージメント、コミニュケーションとIT技術者に必要なことを学んでいる。英語は全員が中級レベル以上。日本人の技術者にないと言われるものばかりだ。しかも、毎日、全員が受講しているのだ。

勤務時間は、特に決められておらず、タイムカードもない。いわゆる裁量労働制である。しかし、実際には毎朝7時半に出勤し、夜は皆10時まで働く勤勉である。日本と異なるなるのは、勤務時間内を自由に使えること。私たちが訪れた午後2時過ぎに、屋上ではバンドの練習、卓球、卓上ゲームなどを楽しんでいた。その屋上は夜はダンススタジオになり、ミラーボールも設置されていてさながらディスコのようである。

こんな企業を日本で見ることができるだろうか。

技術的に言えば、日本でやっていることで出来ないことはないと言って過言ではない。これまで難しいと言われた組み込み系の開発も当然行っている。日本のソフト会社でできないことがここではできる。

中でも日本向け市場を顧客にもつ会社では、極めて優秀な人材が集っている。ハノイ工科大学やホーチミン工科大学などを卒業した超エリートである。

日本企業が訪問するすると、必ず彼らの日本語レベルを聞く。日本人が日本語でしかコミュニケーションが取れないからだ。それを聞いただけでベトナムに仕事を出す保安を持つのである。自分のところがCMMレベル2以下なのに。

そんな企業が、ベトナムの会社を下請けとして行わせるのは、設計済みのプログラム作業という下流工程。

近い将来、超エリートの技術者が下流工程で満足できなくなるのは間違いない。もし、日本の会社が彼と同じくらい貪欲に学ぶ姿勢があって、例えば英語の教育を施し、英語が話せる社員ばかりの会社であったなら、直ぐにでもベトナムに発注することは可能であろう。問題は、ベトナム側の日本語体制でなく、日本側の発注体制にある。

今回に視察で、成功している二つのパターンを見つけた。ひとつは、全員に日本語教育を行い、日本語の仕様書を読み、日本語で日本人とやり取りして仕事を進める。もうひとつは、チーム制を取り、日本人をリーダーとする翻訳チームと、開発チームに役割分担する方法だ。

私は、最初にベトナムを訪れた5年前、前者のオール日本語の体制に感銘した。ここまで日本市場に特化して日本に合わせるやり方は、日本人に好かれるだろうと感じたからだ。しかし、今回の訪問で、後者の可能性のほうが柔軟で拡大が見込めるとの印象を強く持った。

理由は、日本語という難解な言語を学ばせることにどれくらい技術者にとって幸せで、必要なことなのかという疑問があるからである。我々日本の企業で、全員が英語ができる会社を作れないのに、日本語を全員に身に付けさせることは不可能ではないが、極めて困難である。それと、技術者には技術に専念してほしいという想いがある。

ここで言う技術者とは単にプログラムだけでなく、品質管理やプロジェクト管理など全てのテクニカルスキルのことである。日本の技術者でもコミュニケーション能力が劣っている訳だから、ベトナム人にそれを強要するのは甚だおかしい。SEとプログラマーを別けるようになってきたのと同じく、日本語ができるコミュニケーターを別ける方法があっても問題ないはず。しかも、単なる翻訳家でなくIT専門の翻訳家を育てるのは、日本語ができるプログラマーを育てるより易しいことは想像できる。

何れの方法が正しいか断言できないかも知れないが、何れにしても日本人のほうが優れた仕事のかという悲しい思いをさせられる。

オフショアという名の奴隷的な意識をもった下請け思想は、爆発的に成長しているベトナムを考えると、対等のパートナーという気持ちで接しなければ失礼にさえ思う。むしろ、我々日本人が乗り込んで、ベトナムをマーケットとして捉え、ビジネスチャンスと考えるほうのが懸命である。

私は、今後数年以内に必ずビジネスを行う。パートナーとして接する。

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投稿者 :堀田信弘: 2006年10月28日 12:10