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稼ぐのが先か

私のコラムに同感、或いはそれは違うと反対意見をしてくれる人にはとても感謝している。私のつまらない長文コラムに付き合ってくれて、自分なりの考えを伝えてくれたからだ。

このブログには、様々なコメントが寄せらる。本来であれば、お礼とその意見に対して、私の気持ちをコメント欄に書き添えるのが筋なのであろう。しかし、私はこのブログを始めた時、どんな誹謗中傷であっても、批判的なことであっても、一切反論せず、私の考えに自由にコメントしてくれれば良いと決めた。どんなコメントでも全てを公開し、私の未熟な部分を堂々と突いてくれて結構との覚悟の上で始めた。

しかし、反対意見を言う人に限って、ブログ上にコメントしてくれる人は皆無、そのほとんどがメールでコメントしてくる。

なぜか?

私は、反対意見を言う人は好きだ。そんな人と議論したい。そのような人と会ってみたい。反対意見だろうが、賛成だろうが、何らかの縁があって私のこのブログを読み、”わざわざ”コメントしてきた人だ。私の意見にどう感じようと、このブログを読んでくれた人は、私にとって大切なファンなのだと考えている。私は、その意見から学ぶこともある。

ところが、反対意見を述べる人は、なぜ、コメントという形で公開しようとしないのか疑問でならない。うがった見方をすると、それは私との過去の関わりがあったのか、それとも現在の何らかの接点があるからなのか、匿名で非公開で私を批判する意味が私に理解できない。

案の定、先日のコラム「経営とは投資である」について、いつものように匿名の反対メールが来た。

「経営なんて、きれいごとでなく稼いだものが勝ち。稼げなければ投資などできるはずもない。稼ぐためにはできるだけ出るものを押さえ、 ” 投資の原資を稼ぐのが先決だ”。」とメールにあった。

この考えは普通だから、予想通りの反論である。何らその考えに反論して、私の考えが正しい何て言うつもりはないし、それで上手く経営できているならそれはそれで良いのではないかと思う。

是非、どんどん稼いで、その稼いだ金を将来に投資してほしい。

しかし、私はこれまで”投資の原資を稼ぐの先決だ” というセリフを何度聞いたことか。そう言う人に限って稼いだ金を投資することができないのを散々見てきた。

違う見方をすれば、別に投資などしなくても、稼いだ金は、社員に還元すれば良かろう、それだって投資だという考えもある。そう割り切るのなら私の意見とは反対意見ではなく、別の次元を持った人なので、議論をする余地はない。

ただ、稼いだ金を社員に還元するのが投資と言えるのかは、先行するのが投資であって、順番が逆なのを投資といえるかは疑問だ。その人の意見をフォローするなら、稼いだ金を、社員の教育に還元する、とするならこれは投資としても良かろう。報酬として還元するのは投資ではなく、自己都合にしか思えない。

何故なら”投資の原資を稼ぐのが先決だ”と言う人は、本当に将来に対し投資できる人なのだろうか。稼いだ金を自らにまず分配し、残りを社員に還元しようとしていないのか。

稼いだと自負する人は、投資や経費をケチって、自らが疾走し営業活動に翻弄した人だ。自らの力で稼ぎまくったのだから、” 俺が稼いだのだから俺が受け取る”と考えてしまう危険性がないか。自らが稼いだ金は、自らが得るべきと思ってしまうのは人間の性であろう。

だから、稼ぐのが先でなく、投資が先なのである。

私の考える投資というのは、経営判断と言う意味である。

経営者が、様々な方法論、経験から、これだったらというものにお金を使う。そのお金は、採用という形で人に使うこともあれば、組織を強化するために教育に使うこともある。使ったお金がどう活かされて、何を生み出すか、これからの期待に投資するのだ。

それが経営者とは稼ぐのが先と捕らえると、一営業マンと何が違うのか。営業のように汗をかき動き回ることは経営者として当然なことであり、それも経営者にとって必要な仕事だ。でも、そうして動き回って稼いだお金は、将来に対して事前に使ったお金が生み出されたものではない。つまり、経営者が営業マンとしての労働対価であり、先見による経営判断ではない。

だから、労働した経営者は、”俺が動いたのだから”と言って、その分を報酬として受け取ろうとしてしまうのではないか。

経営者が知恵を出して、社員の動きや戦略・仕組みがもたらしたものではない。それは経営者不在の営業マン集団会社にしか過ぎない。偶々、社長が一番稼いだというだけで、社長の経営判断でお金を回したものではないのではないか。

確かに、私のこの考えは正論であって、きれいごとなのかも知れない。でも、経営者と営業マンは違うのだ。個人商店ならそれがイコールで良かろう。しかし、私のこのブログは、組織を率いるリーダーとはどうあるべきかが主題であって、同じ経営でも違う。

経営論より、私はリーダーとして、どう会社を経営すべきか、これを考えたい。

リーダーなら、経営とは投資が先である。

反論は、匿名でも結構だから、コメント欄に投稿し、公表してほしい。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

感謝。 毎朝6時に社内朝礼ブログをこちらで公開しています。こちらもご覧頂けたら幸いです。

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投稿者 :堀田信弘: 2006年11月10日 07:37




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コメントありがとうございます


堀田信弘 様  
当方のブログを参考にして戴いて光栄に存じ上げます。
「経営とは投資である」と、記事を読ませていただきました。
まさしく、その通りかと存じ上げます。
恐れながら・・・
私は、「経営とは心意気である」と、思っております。

また、お時間があるときに、お話しできたら光栄です。
失礼します。ではでは^-^ノシ☆


投稿者 ころん : 2006年11月10日 23:19

堀田信弘さまへ  当方のブログを参照にして戴いて光栄です。
経営論には様々な視点、価値観があっても良いのだと思います。
企業経営者の投資とは、言うまでも無く、人財育成、技術開発、市場開拓などに資金を注ぎ込む事ですから、まさに経営そのものと言えるのでしょう。
また学級経営、家庭経営、人生経営など、企業経営と異なった視点でも経営と言う言葉が使われています。
しかし、深慮すれば堀田さまの仰せのとおり「経営は投資」と言う事になるのだとも思われます。

投稿者 福地脩悦 : 2006年11月10日 15:25


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