【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


障害者について  「活・喝・勝」


やり甲斐のある仕事

有限会社ココ・ファーム・ワイナリー(http://www.cocowine.com)という会社が、栃木県足利市の山間部にある。

2001年沖縄サミットの夕食晩餐会、乾杯に振舞われたシャンパンは、この会社が作った。銘柄は「NOVO」という。緑色の「NOVA」のボトルには、視覚障害者の人にもわかるように、「陽はのぼる。美しき泡、たちのぼる。」と点字でラベルに書いてある。

代表の川田昇さんは、フランスのシャンパーニュ地方で昔からつくられている本格的なシャンパン方式でつくりたいという願いから、世界的に有名な、カルフォルニアのワイン作りの名人であるブルース・ガットラブさんを1989年に6ヶ月間だけという約束で、足利に指導に来てもらった。

ブルース・ガットラブさんは、山にトンネンを掘り、その中を貯蔵庫にして100日間寝かす、ビン内で二次醗酵し、しかも毎日少しずつ瓶を回転させる(ルミアージュ)を行う気の遠くいなる作業を行うことで、完成度の高いワインを目指した。

とても6ヶ月では完成せず、自他共に認める最高のワインができるのに6年も費やした。そして、さらに6年後、来日して12年目に沖縄サミットで、日本最高のスパークリングワインとして、世界トップの首脳たちに振舞われたのだ。

ブルース・ガットラブさんは、それから5年たった今でも、この会社の取締役醸造責任者として仕事を続けている。6ヶ月の約束をしてから、間もなく18年になる、それだけここの仕事にはやり甲斐があると言う。

「NOVA」のためのぶどう作りは、川田さんたちによって、ブルース・ガットラブさんが来日する約40年前、1950年に始まった。「NOVA」が誕生するまで、気の遠くなる努力と、50年もの長い歳月が費やされた。その苦労は図りきれない。だからこそ、日本一、世界に通用するワインが生まれたのであろう。

その世界一のぶどうは、車は勿論、農機具さえ使えない急斜面で作られる。ココ・ファーム・ワイナリーに行くと、まず最初に、どうしてこんな急な斜面でぶどうができるのかと驚かされる。

こんな急斜面での農作業は、想像を絶するくらい過酷な労働であることが容易に想像できる。

このワイン畑に一切の世話を受け持つのは、同じ敷地内にある「こころみ学園」の生徒たちである。生徒と言っても、既に立派に養護学校を卒業した知的障害者の入所更生施設の人たちである。

川田さんは、この学園の創設者であり園長。市、県、国の補助金を受けていないという。

全く手付かずの山に生徒たちと入り、伐採から、植林、栽培、草取りとゆっくり、ゆっくりと時間をかけて、ぶどう畑にして行った。年間15万本もの高品質ワインは、職員40数名、生徒約90名の汗と涙と笑いによってもたらされている。

福祉がビジネスになった瞬間。

私の大きな夢は、福祉とビジネスを一体的に取り組むことだ。障害者が作ったから買ってというのではなく、誰が作ろうが美味しいものを作れば売れる。機械ではなきない手間作業は、障害者の根気と粘り、時にはこだわりによって実現できる。障害者が働いたからこそ、すばらしい製品や美味しいものを生めるのだ。

軽度の障害者は、きめ細かい仕事ができる貴重で有能な労働者だ。中度の障害者は、重度障害者のシーツを洗ったり、食事の準備をしたりできるかも知れない。障害者が障害者による、障害者のための福祉も可能になるのである。

この循環により私は、福祉が新しい産業を生み、素晴らしい商品や高品質な農作物を輸出できるようになると考えている。

こんなやり甲斐のある仕事ができたなら、どんなに素晴らしいことだろう。

ブルース・ガットラブさんが6ヶ月の約束で来日し、18年もこの仕事をしていることにうなずける。

川田さんが「こころみ学園」を創設したのは、私の今の年齢と同じ42才の時。

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投稿者 :堀田信弘: 2006年12月 4日 04:07