私は、デリカシーのない人は嫌いだ。気遣うという気持ちは、気づきから始まる。気づくことができない人は、デリカシーがない。
「御社の社員は、対応が悪いな」ということを、顧客や同業者から言われることはないだろうか。顧客からのクレームなら、社長も、それなりに反省し、教育の見直しなどを考えるだろう。
同じ言葉でも、同業者の社長に言われると、どうか。
優秀な社長なら、顧客からのクレームになる前に気づかせてくれたと感謝することだろう。真摯に受け止め、早速自社に帰って、問題点の洗い出しをするはずだ。
ある社長は、こちらからのアドバイスに一向に耳を傾けない。「顧客から直接言われるならまだしも、顧客から漏れ聞こえたという話に一々気にしない」とヘラヘラしている。最悪の社長だ。しかも、顧客からの直接のクレームに対しても、「客が一杯いれば、中にもたまに、あんな客もいる」と決して襟を正そうとしない。
同業者の私に対する言葉だから、私に言ったことと、社内での対応は違うかも知れない。しかし、私は、もうその社長に助言する気持ちにはならない。
何れにしても、社長になると、自社の対応や、社員の態度など色々な形で耳にすることがある。非の打ち所がないくらい素晴らしい組織なら別だが、顧客との相性や、顧客のニーズが多様化しているから、多少なりとも自社に関する情報は耳にするほうが自然である。
もし、全く耳にしないと言うのなら、社長の渉外活動が少なすぎるのだろう。それとも、社長の下の部長や役員のところで情報が止まっているのかも知れない。何れにしても、社長に悪い情報が入らないというのは、社長自身の問題か、組織の風通しが悪いのであろう。
でも、唯一、社長の耳に入らないことがある。
それは、社長自身の対応や、人柄に関する評価である。
「御社の社長は、対応が悪いな」という言葉を社長自身が直接耳にすることはない。部下が顧客からそう言われても、中々それを社長に伝えることはできないし、仮に伝えても、普通の社長は、その顧客と距離を置こうとするくらいであろう。
でも、様々な社長と日々お会いしていると、全くデリカシーのない社長に会うことが多い。私自身も同業の社長からそのように評価されていることを前置きしたとして、恐らく私の感覚では、ダラシナイ社長は圧倒的に多い。むしろ、この社長は、気遣いがあって、とても紳士的だと感じる人は意外に少ないものである。
なぜか。
私自身も自分を見つめないと行けないが、社長は一般的に横柄である。正確に言えば、社長になる前と社長になってからでは、総じて性格が少し強くなる。これはある意味で、責任も持ち、様々な社長と出会うことで揉まれ、自分の個性を出そうとするから仕方ないことでもある。
それ自体が悪い訳ではなく、むしろ、性格的な強さを持って行くということは大切だと思う。そうしないと、同業他社の社長が大人数集まった時には、飲み込まれ、存在感のない社長になるからだ。
これは、政治家がトークショーに出ている番組に似ている。人の話は聞かない、人の話に割って入るなど、強引に自分のトークタイムを作ろうとする。ショータイムだから必死なのだ。このような番組を見ると、視聴者はうっとうしく思えるかも知れないが、私自身が何人かの政治家にあって直接話しをして見ると、なるほど多少の強引さがないと、影の薄い人に見えてしまうことを知った。
政治家は、ある意味で俳優業も兼ねているから、ただ理念だけが素晴らしくても、世の中に訴えるアピール力が大切なのである。これは、社長にもある程度当てはまると思う。アピールできない社長では、存在感が生み出せないから、人もついてこなくなる。
だから、社長の性格は次第に個性化し、強さを増すのである。
しかし、ここに落とし穴がある。
前述したように、デリカシーを欠けて行く人が極めて多い。気遣いができなくなるのである。そして、自分の性格がよりユニークさを持ち、少しづつ以前の性格と変化して行くことに気がつかなくなるのである。
しかも、社長にそれを直接に知らせてくれる人はいない。
唯一いるとすれば、社長仲間や、昔からも友達である。彼らは、時に「おまえ少し態度がでかくなったなぁ」とかと言うさり気ない言葉を投げかけてくれる。「冷たくなった」とか様々な言葉をしっかり受け止めるべきだ。
そこで気がつかなければ行けない。
最終的に、社長を叱れるのは、社長自身なのだ。もっと、自らが社長を叱れ。そこにいるあなたも、相当デリカシーのない人だと思うよ。そして、こう書いている私も、十分に反省する必要があるだろう。
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投稿者 :堀田信弘: 2006年12月22日 08:31