【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


教育について  「活・喝・勝」


じたんだを許さない

スーパーで、幼稚園児くらいの子供が、じたんだを踏んで、大泣きして床に寝転んでいる。子供は、何かを買ってと訴えているようだ。最近、こんな光景を時々目にしないだろうか。

なぜ、じたんだを踏むのか。その姿を見る限り、何かを親に訴えているのは間違いないのだが、じたんだを踏む姿は、尋常に思えない。声を張り上げ、手足をばたつかせている。

赤ちゃんの時、泣き声を聞いた母親は、赤ちゃんの不安や不満をとっさに発見できる。母親は、赤ちゃんの泣き方で、オムツなのかミルクなのかを察知し、赤ちゃんの意思が見事に母親に伝わる。

そうして赤ちゃんは、母親の愛情を一杯受けて健やかに育つ。

やがて、子供になる。

成長の過程で自我がで芽生え、そして、母親のしつけも始まる。

泣けば許してもらえる、赤ちゃんから、危険を教えられたり、注意されれば聞く子供に成長して行くものだ。

赤ちゃんの頃の泣く行為は、言葉の代わりだったり、訴えるための表現だ。泣いて意思を示すと同時に、嫌なこと逃れようとする逃避行動の一種である。だから、赤ちゃんは、泣けば何とかなるという心理が働くのかも知れない。

赤ちゃんの時は、泣くことで、母親のほうがその意味を察知し、母親が面倒を見てくれる。ところが、少しづつ泣かなくても意思の疎通ができるようになり、やがて、泣くこと以外のコミュニケーションを確立して行く。

スーパーに買い物に行った時も、「いつもほしいものが買えると思ってはダメだ」としつけられる。泣いてわがままをしても、それでは買ってもらえないと、我慢を覚えさせられるものである。

その過程において、泣くことで、一度でも買ってもらう経験をしたらどうなるだろうか。

もし二度目の時に買ってもらえなかったら、今度は、もっと大泣きするようになる。母親は「泣いてもダメ」と叱るが、なぜこの前は買ってもらえたのにと理解できない。理解してもらおうと必死で、泣く。泣いてもダメなら、床に寝転んで、暴れる。

手に負えなくなった母親は、「○○したら買ってあげるから」と条件をつけ、言い聞かせ、その場を逃れようとする。子供は泣き止み、次回に期待を寄せる。こうして子供は、我を通すことに成功し、母親は子供のわがままに負ける。やがて、じたんだを踏む子供となる。これは、子供と母親とが駆け引きをした結果ではないだろか。

駆け引き行為は、上司と部下との間でも生まれる。

特に、後任に変って新しく上司が来た場合や、別の会社から入社してきた部下との間で生じやすい。

部下からすれば、どんな上司か知らないから、決して駆け引きしているつもりではないのかも知れない。自分のイメージするかつての上司像とのギャップがあった場合に、その上司のスタイルに合わせるより、自分のスタイルに合わせようとの意識から生まれるのかも知れない。

わざと無理難題を突きつけこちらの対応を見ようとする者もいる。「私はできません」と言って命令を拒むことで、こちらの言いなりにはならないことを示そうとする者もいる。あるいは、「辞めます」と言って、自分のやり方を通そうとする者も。

私の経験では、このように駆け引きをする人は、私と接する前の上司とも、同じことを繰り返す傾向が見られた。子供がじたんだを踏むのと同じように、何代か前の上司なのかわからないが、かつての上司との駆け引きで成功を収めた経験を持っているのである。

あるいは、過去に駆け引きなどしたことが無いとするならば、環境変化を嫌う傾向が極めて強いことが考えられる。特に同一部門で、同一業務を長年経験した者の場合、全く違ったやり方や違う業務に慣れるのに、同じくらい長い期間を要する。変化するとは、これまで折角築きあげた長い経験を否定されるようで、それが耐えがたく感じ、反発となって表れるのである。

何れにしても、本人が駆け引きしている意識がなくても、初めから上司に敵対意識を持ち、駆け引きに見える行為を行うような部下は、極めて問題である。

子供と母親との場合は一対一だが、上司と部下との場合には、単に一対一では済まない。たった一人への対応が、組織の崩壊を招くのだ。もし、一人の駆け引きに対し、部下のわがままを許すような妥協をすれば、周りの部下も次から次へと妥協を求めて来るようになる。

これは、部下の意見に耳をかさないと言っているのではない。

駆け引きをする部下は、目を見れば簡単に判る。挑戦的で、理屈なしに不満を持っている。人間だから性格もあるし、相性もある、しかし、理屈なしに抵抗を続けることを許せば、その組織の指揮系統は機能不全に陥るのである。

私は、じたんだを許さない。

泣いてもわめいても、ダメなものはだめなのだ。

上司は部下の意見に耳を傾けろ。部下は、上司に耳を傾け接しろ。お互い人間なのだから、まずは、上も下もない。上も認めない、下も認めないでは組織は上手く機能しない。

じたんだを踏む子供が悪いのではなく、それを許した親の側に責任がある。部下がわがままを言うのが悪いのではなくて、それを許した上司がだらしないのだと私は考える。

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投稿者 :堀田信弘: 2007年2月26日 13:28