ドリームクラスターの事業方針(ドリクラスタイル)は、「ナンバーワンよりオンリーワン企業を目指します」だ。
先日、起業を目指しているという若者が、「オンリーワンの事業なんてそんなにないでしょう」と尋ねてきた。
その人は、「オンリーワン」とは、他の誰もがしていない世の中で唯一の事業と捕らえたようである。確かに、そう捕らえるのは間違いではない。
しかし、私の考える「オンリーワン」とは、もう少し広義である。
起業を目指しているその若者の話を聞くと、どうやら誰もがやっていない斬新なアイデアを考えているようだ。その姿勢、考え方は素晴らしい。具体的なアイデアを聞いても、「確かにそんな事業は聞いたことないな」と思った。
"人がやらないことをやる"という考えは、私の示す「オンリーワン」にとって、絶対だとは考えていない。あったほうが良いが、なければならないというものではない。
では、どんな「オンリーワン」をドリームクラスターは目指しているか。
「オンリーワン」を仮に"人がやらないことをやる"と定義すると、言い換えれば"人がやることはやらない"ということになる。もし、「オンリーワン」をそう捕らえると、人がやっていることをやることは「オンリーワン」ではないということになる。つまり、猿真似は「オンリーワン」ではないということになる。
本当にそうだろうか。
私は猿真似は悪いと思わない。
少し話しが脱線するが、赤ちゃんは生後6ヶ月頃、母親の語りかけに反応して、声の調子を真似て、同じ言葉を返すようになる。真似ることで、少しづつ新しい言葉を習得していくのである。こうして人間は、真似をするところから成長していくのである。
大体、猿真似という言葉だが、猿は他の猿のしぐさを真似することはできないそうである。真似るということは、目で捉えたものを、正確にトレースすることである。実は、これはそう簡単なものではなく、人間ならではの能力なのである。
例えば、習字。
私は、はっきり言って字が下手だ。それは、お手本を見ながら、正確にトレースできないことを表す。見本通り正確にトレースできる人が字が上手い人である。字が上手い人は、字を崩すこともできるようになり、やがて芸術の域に達すると、書かれた字そのものに味わいが生まれてくる。こうなると、もはやその字を真似することなどできないのである。
字の基本を真似ることができない字の下手な人が、その先の世界の独創性を表現できるはずがないのである。
真似るということは、基本を身に着けることなのである。真似ることから応用が生まれ、やがて創造の世界に入るのである。
事業で言えば、理想とする目指すべき方向を描き、まずは少しでも近いもので、参考になるものと出会うことが大切ではないだろうか。
天才なら別だが、私のような凡才には、お手本を見つけることがとても重要なのである。凡人には凡人のやり方がある。真似をすることで基本を身につけ、学び、問題点を見つけて改良し、応用して、創造していくしかないのである。
そうして生み出されたものが「オンリーワン」であればよろしかろう。
そもそも"人がやらないことをやる"という考えには、大義名分がない。本来、事業とは、ニーズを探し、あるいはシーズを提供して、お客さまに喜んでもらう大儀名分がばなくては上手く行かない。
どんなに人がやらないことを考えても、人が求めないものでは意味がないのである。人がやらないことが重要ではなく、人から求めるものでなくてはならないのである。
私の考える「オンリーワン」とは、真似をして基本を学び、改良し、応用して、創造することで、真似のできないものを作りあげることである。真似をし続けることでもなければ、真似をしないことでもない。真似のされないようになるために努力し続ける終わりのない過程を表しているのである。
それは何も世の中にない唯一のビジネスをするというようなものではない。例え居酒屋であっても、コンセプトが似ていても、繁盛しているところとそうでないところがある。料理や値段だけでなく、店員の接客態度も含めたトータルとしてのサービスで真似されないような努力が重要なのだと思う。メニューや店構えだけ独創性を出してもお客の気を引く「オンリーワン」になれないのである。
たった一人のお客さまに「この店が一番」と言われることが、そのお客さんにとって「オンリーワン」になったということである。
たった一人のオンリーワン、これを目指す。
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投稿者 :堀田信弘: 2007年3月15日 12:22