ドリームクラスター・グループには、 前文、第一条(ドリクラグループの定義)、第二条(ドリクラグループの義務と自主性)、第三条(グループの運営規定)からなる「ドリクラ憲章」というグループ憲章がある。
この憲章には、グループを構成する意味、グループの絆、役割や自由、責任・義務が明示してある。ドリームクラスターという会社は、「会社を創る会社」だから、生まれてくる会社がバラバラであってはならないという想いから制定された。
前文に「(前略)共に助け合い共存することでドリクラグループの発展と自社の発展の両立を目指します」とある。
この一文が、私たちが目指すグループの姿である。
私は、これまで多くの起業を目指す人と出会ってきた。「社長になれる」「会社を作ってくれる」「資本金を出してくれる」かもという安易な気持ちで会いたいと言ってくる人も多い。
どうやら、ベンチャーキャピタルと勘違いされているようだ。
そんなことがあって、「ドリクラ憲章」を定めようということになった。
『怒りの葡萄』や『エデンの東』の著者ジョン・スタインベックは、「我々の国土には、様々な種類の地形と気候があり、我々国民もあらゆる種類の民族、人種から成り立っている。しかし、この国土は一つの国であり、人々はみなアメリカ人である」と述べている。これは、アメリカの標語「多様性の統一」のことだ。
私は、「ドリクラ憲章」の中で、この「多様性の統一」を表現したかった。
私のところに、人種や国籍、性別、年齢に限らず様々な個性を持った人たちが集まってくることは大歓迎である。しかし、心のより所が一致して共鳴できなくては、仲間とは呼べない。多様性を認めつつ、コアの部分でDNAを統一的に保ちたいということである。
ただ「社長になれる」「会社を作ってくれる」「資本金を出してくれる」、利用できるかもという気持ちでくる人には来てほしくない。
前文に定めた「共に助け合い共存することでドリクラグループの発展と自社の発展の両立を目指す」ことができる人に来てほしい。
自社の発展だけでなく、共に釜の飯をくった仲間、後輩を助ける"助け合う"、それがドリクラ・グループなのだ。
"助け合う"という言葉を理解できる人は、以外にも起業を目指す人に少ない。
なぜ、理解できないのか。それは、自信があるからだろう。あるいは、どこかに利用してやろうという気持ちがあるからだろう。
簡単に言えば、優秀で具体的なアイデアがあって、能力もあって自信がある人は、うちに来なくてもできる。ベンチャーキャピタルに言ってその自信を示し、お金を出してもらえば良い。力がある人は、一人でやったほうが良い。
ドリクラ・グループは、私を筆頭に出来損ないの集まりである。一人では何もできないような平凡で、凡才の人間でも、助け合うことで、一人前以上になる気持ちだけがしっかりした集団なのである。
先輩に助けられたことに感謝し、後輩を助けることで恩返しする、そんな考えが「ドリクラ憲章」に込められている。
我々のグループは、様々な種類の国籍や性別、年齢の人が集まり、多種多様なサービスを行う会社から成り立っている。しかし、このグループは一つであり、人々はみな助け合うドリクラ人である。
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投稿者 :堀田信弘: 2007年3月20日 16:26