【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


求める人材  「活・喝・勝」


先輩と後輩

わが社では、社長も社員も、もちろん私も、机の大きさはどれも同じである。役員室などの個室はなく、会長も社長も新入社員も隣り合わせに一列に並んでいる。

正直言って、今の会社を作るまでは、役員室もあったし、机の大きさも大きく、椅子も他のものとは違えていた。私の部屋の中には、個別の応接セットもおいてあった。

その頃は、自分を大きく見せようと、背伸びしていたように思う。それに、今から思えば、オープンな環境よりも、クローズした環境を持つことで、隠し事が堂々とできるようなバカな考えがあったように思う。

そのような気持ちにさせたのは、二つの理由がある。

一つは、社長や会長には個室があり、それへの憧れと、それが一般的で普通だと思っていたからである。理屈としては、機密書類があるからだとか、他には知られないような重要な話ができるからと考えていた。

それは、今思えば、全くナンセンスだと判った。社長や会長が偉さを誇示、権力の象徴として部屋を持つ。ボスの存在を示すために机を大きくし、社員が憧れるような椅子に座る。これは、裏返して言えば、偉くないから偉そうに見せる必要があるのだろうし、存在価値がないから誇示するために机を大きくする必要が生じるのだろう。憧れの存在になりたいから椅子を立派にし、社員と社長は立場が違うことを無言に伝えたいのだろう。

自分自身、個室を持ってみて、機密書類がある訳でもなく、社員に聞かれてはまずいことなど実際には無かった。そもそも私の性格は、聞こえてはまずいという気持ちなどなく、むしろどんなことでも聞いていてもらいたいという気持ちがあるから、そもそも個室など必要なかったのだ。

もう一つの理由は、先輩と後輩の関係だ。

私が入社した時、社員番号は33番。32人の先輩や上司がいた。その中で同じ年の先輩は5名、年下の先輩も4名いた。入社した時、年下の先輩からは、呼び捨てにされ、同じ年のある先輩からは、さん付けで呼べと言われたこともあった。

後に、私が全社を統括する取締役になった時、32人の先輩である部下ができた。その頃の私は、社長や会長が偉さを誇示、権力の象徴として部屋を持つ考えと同じだった。今思えば、簡単に言えば器が小さかった証拠だろう。若い自分が、形だけ大きく見せようとしていたに違いない。

何れにしても形で見える有形なものを利用しなければ、存在価値を示す自信がなかったのである。それは、心という無形の存在価値のない表れだ。

そんなことに気がついたのは、独立してからである。

誰よりも仕事するから机が大きい訳でもなく、常時いる訳でもないのに、何人もの机が入るスペースを占有するのは無駄である。個室を無くせば、作業効率が悪い狭い机で仕事をしている社員のスペースを大きく取れる。

しかし、今の会社では、そのような効率性を考えてのみ個室を設けないのではない。

最大の理由は、社員たちに無形の存在価値を理解してほしいからである。それは、私の存在価値のことではない。将来社長を目指す人たち、今、社長をやっている人たちに、有形よりも無形の大切さを知ってほしいからである。

簡単に言えば、形に見えるようなもので、威張るなということである。会長や社長は、偉くも何ともない。私自身ももっと学び、会社を出ても、人間として尊敬できるような器の大きさを持った人になりたいからだ。

それともう一つ、先輩と後輩の関係を尊重できる風土にしたいからである。

かつての私がそうであったように、先輩が先輩面すれば、それをされた後輩は、同じようにする。たった何日か先に入社しただけで、別に偉い先輩でもない。偶々早く少しだけ多く会社のことを知っているだけで、人間として先輩かといえばそうではない。

多くの年上の人生の先輩がいるのに、入社が早いというだけで年下の部下を持って威張るようではダメだ。例え社長になっても、年上の人は、永遠に人生の先輩であることに変わりない。それこそ、たった一才違っても、先に一年多くの人生経験をしているはずである。

私は、以前の会社でも、私が役員になっても、年上の部下には、退職するまでずっとさん付けで、敬語で話をした。年上の部下には、私のことを、それまでと同じ「堀田」と呼ぶ捨てで呼ぶようにお願いした。

今の会社は、中途採用が多いから、年下、年上、先輩、後輩関係が複雑になる。

でも私の考えは、単純明快。自分より年上の人のことは、無条件に先輩として接すること。自分より先に入社した人のことは、無条件に先輩として接すること。そして、先輩としてされた側は、先輩面などしないことだ。後輩を持ったという意識そのものが、おごりの始まりである。

ドリームクラスターは、社長を生む会社である。後輩が先に社長になるかも知れない。年下が先に社長になるかも知れない。明日には、先輩と同じように自分も社長になるかも知れない。社長になったら、そこには先輩も後輩もない。しかし、年上の人はずっと普遍的に先輩であることに変わりない。

社長という肩書き上のトップではなく、人して誰もが認める存在になりたいものである。

私は、机の大きさや並べ方という有形な考えは捨てた。今度は、言葉使いや接し方などの無形な部分で、背丈以上に背伸びして誇示することを捨てる番だ。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2007年5月 7日 07:08