【堀田信弘の今日の語録】 2010年7月31日 『衰退の陰は、発展と共に常に忍び寄っている。』


求める人材  「活・喝・勝」


忙しそうにするな

職場の中に「私はこんなに忙しいの」と言わんばかりの顔をして、事務所の中を走り回っている人がいる。その姿を見ると、私は、悲しい気分になる。

やっているふりをしている。

私が見る限り、明らかに仕事のスピードが遅い。そればかりか、ミスも多い。典型的な仕事の出来ないタイプである。

私にとって、仕事の出来不出来は二の次だ。仕事が遅くても良い、でも、自分を偽るのはやめてほしい。一生懸命に誠実に仕事をしてほしい、それが私の願いである。

ところが、やっているふりをする人は、やっていないことを悟られたくないようである。誰が見ても顔に書いてあるのだから、知らないのは本人だけだ。やっていないことをなぜ悟られたくないのだろう。なぜやっているふりをして、やっているように見せたいのだろう。

プライドが高いからか。それとも、注意されないように要望線を張っているのか。

仕事の出来ないタイプの中でも、厄介なのがこのやっているふりをするタイプである。なぜ、私がこのタイプの人たちを見ると悲しくなるのかと言うと、以前、悲しい出来事があったからだ。

以前、私の部下の中に、自己主張が強い仕事のできない、やっているふりをする人がいた。仕事先を訪問すると、忙しそうに動き回り、私と話す余裕などないと言わんばかりだった。お客さまに評判を聞くと、すこぶる悪い。他の人と比べ、極めて少ない仕事量であるにも関わらず、誰よりも多く仕事をしているように振舞う。

忙しそうにしているから、他の仕事を頼むことができない。本人だけが誰よりも多く仕事をしていると思い込んでいて、他人がそう思っていないことを知らない。

次第にその人は、会社や私の悪口を平然と言うようになった。「会社は判っていない」「上司が評価してくれない」と自己主張を繰り返す。

例え上司と部下と言えども、所詮は人間関係だ。お互いの信頼関係が築けなければ、共に不幸なことになる。人間関係である以上、偽りの姿であっては、打ち解けることが難しい。

結局、その人には辞めてもらった。

悲しいことは、最終的に決裂する直前まで、充分に話をする時間が確保できなかったことだ。いつも忙しいと言って、コミュニケーションが全く取れなかったのである。

私は、同じようなタイプの人を見ると、自らが選択して不幸のほうに歩んでいるように思えてならないから、悲しくなる。良かれと思ってやっているのだろうけど、自分で方向性を狭め、自分の居場所をなくすように見えるからである。残念だ。

上司が話しかけた時、決まって「今、忙しいです」と答える。

その人が、一生サラリーマンで、人の上に立たないのであれば、百歩譲って我慢しよう。しかし、私は、そのような人には、人の上に絶対に立たせたくない。上司に話しかけられて忙しいと答える人が、部下か話しかけられて忙しくないと言えるはずがない。

私は、上司が忙しそうにしているのは、悲しいどころか許せない。部下と違って、やっているふりをしているという次元ではなく、例えやることが山のようにあっても、忙しそうにするのは見えるのは失格である。

上司が、部下から「ちょっと良いですか」と聞かれて、「後で」と言うようではダメだ。これは、親子を例に考えれば、至極簡単に判るはずである。親が疲れて帰ってきて、いつも忙しそうに、気難しそうにしていたら、子供は次第に親に話をしなくなる。いざ、大きくなって親がコミュニケーションを取ろうとしても後の祭りである。それは、自らが、子供からの無言の合図を拒否したからに他ならない。

人の上に立つと言うことは、子を持つ親のようなもの以上に、全くの他人と接する訳だから、むしろ親子関係以上に、気を使う必要があるのである。部下への気づかいをすること、これが上司の最大の仕事と言っても過言でない。

いつも、部下の目線で、どんなに忙しくても部下の話を優先的に聞いてあげることが重要である。そうでなければ、いざこちらの話を聞いてほしいと思っても、もう遅い。

だから、私は、それができないで殻にこもって自らを偽る部下がいた時、悲しくなる。

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投稿者 :堀田信弘: 2007年5月14日 12:56