ひげを剃って一か月経った。剃った理由は、中身で勝負しようと思ったからだ。
私は、高校時代、髪の毛をツンツンに立たせ、メッシュも入れていた。今では当たり前のようなスタイルだが、 25年以上前では不良そのものだった。
なぜ、つっぱった格好をしたのか。つっぱっていたからだ。単純だ。つっぱっていることを表すことで、自己表現しようとしていたのだと思う。
なぜ、男はひげを伸ばすのか。
中東などでは、「ひげのない男は男らしくいない」という理由から、ほとんどの人がひげを伸ばす。
日本では、江戸時代まで男性はひげを伸ばしたままにしていた。髪の毛やひげを”切る”ことはできても、ひげを”剃る”道具がなかったからだそうである。戦国時代は、ひげを剃る理由も意味もなかったのかも知れない。
江戸時代に入り、平和な時期を向かえると、武士道が誕生する。殺伐とした戦国時代とは違い、武士としての魂を大切にしようとする儒教的な考えが誕生する、と同時に中国からひげを剃る道具が入るようになって来た。
私が卒業した高校は、1897年に設立された県内で3番目に古い学校である。校歌に「昔男子は眉上げて 天下に敵すと誇りけり」とあるように校訓は誠実・剛健だ。
男は、髪をきちんと結んで誠実さを示せということだろう。
そんな高校にいながら、私は、つっぱっていた。誠実さに対する反発、きちんとすることに対する無意味さを考えていた。そんな気持ちでつっぱっていたから、見た目もつっぱっていることを示したかったのだ。
その頃の私にとって、見た目と中身は一緒だった。
不思議と、サラリーマンになってから、きとんとするようになった。
それが、独立してから変わった。
一家の主になったことで、主らしく見られたいと思っていたのかも知れない。「自由と責任」をモットーとする信条から、仕事のスタイルやかっこは自由であって、しっかりと責任を持ってやっていれば良いと考えていた。
つい最近まで。
見た目じゃないよ中身だよと思っていたのだ。
しかし、社員数が増え、社員を見渡すと、ひげを伸ばす人が増え、ネクタイをしない社員が普通になっていた。私のスタイルがそのまま社内に伝染したのだ。
トップがそうであれば、会社の見た目も同様になる。
ある人から「軽い社員が多いね」と言われた。「ブログで言っていることより、甘そうだね」と言われた。
中身がなっていなかったのだ。
中身がなっていないから、見た目もどうでもよいではすまなくなった。若くて、弱そうに見られるのが嫌で、ひげを伸ばした、見た目だけで中身がなかった。
つっぱていた高校時代の私より、もっと情けなかった。
中身がしっかりしている人は、見た目もしっかりしている。詰まるところ、見た目は、中身を表している。
見た目じゃないよ中身だよと言って、中身と見た目は違うと主張しても、それはただ単に心の中身を露呈しているのだろう。
ロック歌手であるならば、生涯ロックのスタイルを貫くのが格好良い。中身と見た目が一致しているから。しかし、人の上に立って人を指導、教育する経営者はロック歌手ではない。
背伸びをする心があるから、背伸びをした見た目になる。強面にして、なめられないようにするのがやくざだ。だから、やくざには、やさしそうでおとなしそうに見える人はひとりもいないだ。
見た目じゃないよ中身だよと言うのなら、誰が見てもやくざの格好で、顧客と商談したら良い。顧客がどう見ようが、中身で勝負すれば良いんだ。
でも、有能な営業マンなら、少しでも多くの顧客を取りたいから、会った瞬間に顧客から怪しいと思われる格好はしないはずだ。中身で勝負と言いながら、見た目で逃げて行ってしまう顧客に、中身の説明すらできないのは、営業失格だ。それが、社長ならどうか。
中身じゃないよ見た目だよ。
中身がしっかりしているのなら、見た目もしっかりすれば良いんだよ。見た目がしっかりしていても、中身がないんじゃ話にならないが。
それでも、中身じゃないよ見た目だよ。
中身がないのなら、見た目くらいはきちんとしたいもんだ。
一か月前までひげを伸ばしていた私が言うのも情けないが。
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投稿者 :堀田信弘: 2007年5月31日 07:01