【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


求める人材  「活・喝・勝」


きつねとぶどう

「おなかがすいたよう」と、キツネが森の中を歩いていました。すると、おいしそうなブドウがブドウだなからたくさんぶら下がっていました。キツネは、なんとかして取ってやろうと思いました。

でも、ブドウ棚は高くて、どうしても手がとどきません。するとキツネは、「ふん。あのブドウは、まだすっぱいのさ」と、ひとりごとをいって、どこかへいってしまいました。

会社の中に、たった一人のキツネがいると、その人の周りは、不思議にキツネの集団になってしまう。

キツネは、やってもいないことをあたかも経験したことのように言う。そればかりか、自分の力不足を隠すため、他の人や環境などにせいにして、逃避してしまう。

会社の中が、キツネだらけになったら大変だ。

私は、直感的にキツネ型社員を感じ取る。「ブドウを取ってきて」と頼んだとき、いくつかのキツネタイプがいることが判る。ひとつは「棚が高くて手が届きませんでした」と正直に答えるタイプにもキツネは潜んでいる。

しかし、正直なことは良いのだが、ただそれだけでは有能な社員とは言えない。私は「何か道具を使わなかったのか」と尋ねる。

「そうか道具を使えば良かったんですね」と道具の存在に気がつかなかったことを率直に認めるタイプは、キツネにはならないであろう。

「そうなんです。道具を使おうと考えたのですが、”でも”周りに道具がなかったのです」と”でも”を使うタイプは、キツネに違いない。道具を使うことなど頭に無かったにも関わらず、あたかも考えていたようなフリをしているのだ。なぜなら、最初の回答は、「棚が高くて手が届きませんでした」と答えているのだから、「道具を使おうとした」というのはあり得ない。キツネだ。

もうひとつは、最初から”でも”を言うタイプ。

「取ったのですが、”でも”腐っているのばかりで持ち帰ってきませんでした」と”でも”を言う。「道具を使って取ったのですが、”でも”道具が悪くてブドウボロボロになってしまいました」と言う。「取った」ということを最初に言って、”でも”で否定する。私には、言い訳にしか聞こえないキツネだ。

もっと酷いのは、「取りに行こうとしたのですが、”でも”途中で雨が降ってきたので取りやめました」と行くことすらしないキツネ。

組織のリーダーは、キツネはダメだということを示す必要がある。

私は、結果そのものより、”でも”という言い訳を許したくない。しかも、将来社長を目指すような人であるならば尚更である。経営者には、”でも”は通用しない。雨が降ろうが、道具がなかろうが何とかするのが経営者だ。もっと言えば、道具を使えば良いことに気づかないのも失格である。

結果として、取ってこれなかった。これが経営者としての結果なのである。

言い訳無用。「申し訳ありません、私の力不足で取る事ができませんでした」と謙虚に反省し、自分の不甲斐なさを認めることが重要なのである。

キツネが社内に現れたら、私はもうひとつの方法を取る。それは、私自身がブドウを取りに行き、目の前で食べて見せて美味しいことを証明する。もし、酸っぱくて不味くても、私の判断ミスを認めれば良いだけである。そして、さっさと、次のブドウを探しに行く。

しかし、私が取りに行っても取れないことがあるかも知れない。それでも私は良いと思っている。私がどのように取るための行動をしたのか、どれだけ工夫しようとしたのかを見せれば良い。そして、私は、「取れなかった」と宣言し、「さぁ、次に行こう」と言うだろう。

私にとっては、ブドウを取るという営業行為よりも、どうやったらブドウが取れるかを考える集団にするほうのが興味が強い。そして、キツネを生まない集団こそが、ブドウを取ってくる最強の組織になると考えている。

するとキツネは、「ふん。あのブドウは、まだすっぱいのさ」と、ひとりごとをいって、どこかへいってしまいました。

キツネは、キツネを受け入れてくれる組織を探している。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2007年6月 5日 14:45