日曜日の夜21時、ワイシャツにネクタイを絞め身支度をする。それまで楽しく食事をして団らんを楽しんでいた空気が一変する。
これは、我が家の毎週日曜日の夜の様子だ。
昨日は、父の日だった。地域の子供会の行事で、一番下の娘とドッチボール大会やバーベキューを一日楽しんだ。
21時半、電車に乗るために家を出ようとする。娘が、目に涙を浮かべる。楽しかった日の夜は、いつもそうだ。
「また来てね」と言うのが精いっぱい。
「また来るよ」と答える。何とも、家庭の会話ではないみたいだ。恋人同士の別れと再会のようである。単身赴任をして、我が家は、限られた時間を密に使う遠距離恋愛の家庭になった。
毎週、再会の嬉しさと別れの悲しさがやってくる。単身赴任によって、得られたものと失ったものがある。
後ろ髪が引かれる想いで、電車に飛び乗った。娘から「パパ、いつもありがとう」と書いてあった手紙を読む。嬉しさと悲しさが二重になって込み上げてくる。
23時50分東京のマンションに着く。
5時起床。戦闘モード開始。5時30分、皇居にジョギングで向かう。6時30分、シャワーを浴び、7時出社。
7時30分、一番早く出社した社員が「おはようございます」と元気な声で挨拶する。
私は、朝起きたとき娘に言うように「おはよう」と答える。
今日も一日、第二のわが家がスタートする。
私は、月曜日から金曜日まで、第二のわが家である会社で過ごし、朝から晩まで社員である子供たちのことを考える。
私は、仕事が上手く行かなければ家庭も上手く行かないと思っている。経営者である以上、日々の生活の99%は仕事のためにある。何故なら、社員にも家族がいて、会社を取り巻くすべての人を不幸にしたくないからである。
私は、仕事第一主義だ。これは、わが社の社長になる人の最低限の条件でもある。
そのためには、家庭の理解がなければ仕事に専念できない。家庭の中が上手く行かなければ、当然そのストレスは仕事にも影響する。もっと言えば、組織の最小単位である家庭をマネージメントできない人が、他人の集まりである会社をマネージメントできるはずがない。
これは、家族の理解と、家族を犠牲することに成り立っている。経営者の家族には、もうひとつの家族があることを理解してもらわなければならないのである。
何かを得るためには、何かを失う覚悟が必要だ。
しかし、だからと言って、家庭を捨てるようなことはあってはならない。守るべきは家族なのだから。
それが経営者にはその家庭が二つあるということ。
人は、恋愛して傷つき、成長する。この前まで他人だった見ず知らずの人と結婚して、他人とひとつ屋根の人で過ごす嬉しさを難しさを知る。子供ができて、育てる苦労と成長する喜びを覚える。病気になれば心配し、嫌なことがあったら励ましあう。
家庭を築くことは、家庭を経営するようなもの。これが一人であれば、経営学、組織論は不要である。
経営者でなくても、立派に家庭を築いている人もいる。私は、経営者ならなおさらそれが求められるように思う。
人の上に立つ、それは愛情とリーダーシップが伴わなければ受け入れられない。
二兎を追うもの二兎も得る。家庭と会社の二兎の幸せを追うのが経営者だ。それは共に大切な家庭だから。どちらの家庭にも愛する人がそこにいるから。
だから、私は二兎を追う。
そのためには、何かを得るためには、何かを犠牲にする覚悟が必要だ。しかし、苦労はかけても不幸にさせてはならない。
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投稿者 :堀田信弘: 2007年6月18日 08:44