【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


障害者について  「活・喝・勝」


娘と息子と私

先週、長女が少年の主張という大会に出場した。ボランティアや福祉、いじめなどの問題について、各学校より選ばれた中学生が発表した。

私の娘は、障害を持つ兄について発表した。

私たち家族は、長男が重度の知的障害者であることもあって、時々障害者の集まりやボランティア活動に参加している。

娘は、その体験を通じて、障害者との関わりについて訴えた。

障害者には、身体障害者もいれば、知的障害者もいる。目の見えない人もいれば、耳の聞こえない人、歩くことができない人もいる。毎週人工透析を行っている人もいれば、心臓にペースメーカを付けている人もいる。

障害者は、病気ではない。残酷な言い方をすれば、治らないものだ。生まれながらにして、あるいは事故や病気によって、健常者と同等な生活が一生送ることができない、ハンディキャップを持った人たちなのである。

娘は、障害者には目に見える障害者と目に見えない障害者とがいることを伝えたかった。

心臓にペースメーカーを入れている障害者は、自ら席を譲ってと訴えなければ、満員電車で席を譲ってもらえない。自らが障害者であることを伝えなければ、手を差し伸べてもらえないばかりか、自分だけが席に座ってとわがままに捕らえられてしまう。

障害者は、自立したいと考えている。だから、自分から障害者であることを告げるのは、とても苦痛のことなのだ。

そんなことを私たち健常者は知らない。目に見えない障害者には、自分の障害以上に、精神的な苦痛も伴うのである。

私の長男は、重度の知的障害者である。

彼もまた目に見えない障害者だ。しかも、自分が障害者であることを、自ら訴えることもできない。

言えるのは、「ヒィーヒィー」と大声をあげ、泣き叫ぶだけ。

娘は、そんな内容の話をしていた。

大ホールには、福祉やボランティアに関心がある中学生と多くの教師、社会福祉協議会の人など2千人近くがいた。

私は、娘の話を、ホールの外からドアを半分だけ空け、覘くようにして聞いていた。

会場の人たちは、静かに耳を傾けて聞いていた。

その時、私の息子はパニックになった。

突然、大声をあげ、わめき始めたのだ。私はとっさにドアを閉め、ホールに声が漏れないようにした。

すると、学校の先生らしい人がやってきて「静かにさせてくれませんか」と私に告げた。

私は、涙がこぼれた。

私の心は複雑だった。

息子がかわいそうでならなかった。そして、娘の主張が無意味に覚え、娘がかわしそうに思えた。

私は悲しかった。福祉に関心がある人たちが集まっている会場で、しかも、目に見えない障害者の話をしている場面で、最も理解してくれるだろう教師が理解できなかったのだ。

世の中はそんなものかと、怒りの気持ちが生まれた。

少年の主張を聞いて、感動して目に涙を浮かべるような人でも、一歩外にでると、結局は理解できないのだ。

人間のおぞましささえ感じた。

人は、その人の立場にならなければ何も理解できないのか。

娘は、優秀賞を受賞した。

私は、この賞の意味を全く理解できなかった。

私たち家族は、その日の晩、近くの田んぼに行き、ホタル取りをした。そして、誰もいない田んぼで、息子の大声にあわせ、みんなで一緒になって大声を出した。

息子も娘も嬉しそうだった。

私は、この経験を、何かの役に立てるために、歩き出したい。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

毎朝6時に社内朝礼ブログをこちらで公開しています。こちらもご覧頂けたら幸いです。

この内容に共感頂けたらこちらをクリックして下さい。ありがとうございます。

投稿者 :堀田信弘: 2007年7月21日 13:53