ここ数日のホーチミンは、一年中で一番涼しいように感じる。乾季を前にしたホーチミンは、蒸し暑い真夏の東京より、一足先に秋が訪れたような感じだ。
今回私は、マイのためだけにここに来た。
彼女の名は、マイ。
私は、7年前、ホーチミンで彼女と出会った。20代半ばの彼女は、目を輝かせながら、片言の日本語で「日本で仕事をしたい」と言った。
マイは、物静かで、穏やかで、それでいてとても芯の強い女性だ。
それから、半年後、私は成田空港に迎えに行った。季節は11月下旬の寒い日だった。マイは、ベトナムには売っていないコートに身を包み、キャリアウーマンのようにさっそうと現れた。
コートは、アメリカに住む両親がわざわざ日本に行くためと送ってくれたらしい。
私たちは、その足で、市役所での外国人登録を行い、彼女の住むアパートを探しに行った。この時の彼女は、とても不安そうな顔をしていた。彼女は、外国にくることが初めてのことばかりか、何と飛行機に乗るのも生まれて初めてだったのだ。
しかも、一人暮らしをするのも生まれて初めてである。
初めて飛行機に乗って、初めて降り立った外国の地で、今日から生まれて初めての一人暮らしが始まる。私には、とてもそんな勇気はない。私は、マイの日本で働く強い意思に感動した。
私は外国人と一緒に仕事をするは、彼女がこれで3人目だ。韓国人、中国人、そしてベトナム人、どの国の人も素晴らしい人ばかりだった。私自身が外国で仕事をすることに憧れを持ち、様々な国を訪れたことがあるから、外国人に対して抵抗感は全くない。むしろ、一緒に仕事をすることで吸収できることのほうが多いように思っている。
一年後、私は会社を退職した。
マイと再会したのは、2年前。東京で会った。
東京で再会した時のマイは、化粧の仕方も洋服も、日本人女性のようになっていた。マイは、「来月、日本を発つ」と言った。彼女の日本語は、来日して毎日ホームシックになって泣いていた頃の面影はなかった。
「両親のいるアメリカに行きたい」と言った。
私は、「これからホーチミンに会社を作るから手伝ってくれないか」とお願いした。6ヶ月間という約束でマイは引き受けてくれた。
マイの仕事は、これまでのようなプログラムを作成する仕事ではなく、チームを運営、管理するマネージャーだ。マニュアルを作成し、みんなの前に立って何度も説明していた。ホーチミンに戻ったマイは、立派なリーダーになっていた。
そして、6ヶ月が経った。
昨夜は、マイの送別会をした。全社員でマイとの別れを惜しみ、出発を祝福した。さしみも天ぷらも食べられなかった彼女が、日本食好きになっていた。
「私は、シリコンバレーで働きます。また一緒にビジネスをしましょう」と言う姿は、成田空港にさっそうと現れた時のように、りりしく見えた。
大きく成長した姿に、私は感動した。
数年後、ロサンゼルスで再会する、マイが私にくれた大きな宿題という贈り物。
今度再会する時、これまでのようにマイはもっと大きくなっているだろう。その時、私は、大きくなっていられるだろうか。
マイ、ありがとう。
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投稿者 :堀田信弘: 2007年8月 1日 09:39