【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


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eメールを使えない人

今やeメールは、企業内のみならず、学生も含め社会全般で利用されるようになった。電話に代わる新しいコミュニケーションツールとして定着したのだが、正確に言うと、メールは電話の代わりではなく、全く異なるものである。

携帯電話の普及によって、電話で世界中どこにいても一瞬のうちに、相手とコミュニケーションを取ることができる。

「あれどうなった」と部下に聞けば、ニュアンスで、「あれ」という指示語を感じ取って、「○○の件なら、完了しました」と会話する。なぜ「あれ」という指示語だけで想像できるか。

例えば、それは、この電話がかかってくる前に命令されたものだとか、上司から重要事項と言われたものだとか、何らかの形で「あれ」を予測する。電話だから、声のトーンやニュアンス、話の流れで「あれ」を想像することだって可能だ。

しかも、もし「あれ」に対する想像が間違っていたとしても、「違うよ、あれだよ」とたった一秒で否定されるだけで、「ああ、あの件ですか」と別件のことか確認することさえ可能だ。

しかし、これは、電話を使って話をしているから通じるようなような単純なものではない。

「あれ」と言って通じるようになるには、お互いの関係が密でないと不可能である。昨日入社したばかりの部下に「あれ」と言っても通じるはずがない。

またさらに、「あれ」が通じるのは、同じ日本人同士でないと通じないことも多い。

どんなに密な関係で、長い付き合いをしても、外国人に「あれ」で通じるようになるのは大変なことだ。それは、日本人が声のトーンやニュアンス、話の流れで想像することは、外国人にはとても困難である。

しかも、日本語は曖昧で、主語が無かったり、答えがなかったり訳の判らない言葉を使うから、厄介である。そもそも「あれ」などの指示語が多すぎる。

目の前に座って、身振り手振りでコミュニケーションをすれば通じることも、電話という見えないツールを使うと途端に通じなくなる。

たった一秒で訂正可能なリアルタイム型コミュニケーションである電話でも、誤解を生じるのだから、バッチ型のeメールはもっと難しい。

eメールが難しいから、電話で済まそうとする人がいる。そのような人は、いつまでもメールを使えない。なぜなら、メールと電話を単に同等のツールと考えているからである。

eメールと電話は全く違うツールで、利用する場面が違うのだ。

最近、うちの社内でメールが使えない人が多いのを感じる。それらの特徴は、電話とメールを同等に考えているように感じる。

例えば、メールで、「あれどうなった?」と書いても通じるはずがない。さすがに、そのような使い方をする人はいないが、大きな括りでは同じだ。何が言いたいのか全く判らない、誰が何をすべきで、いつまでにやるのか、なぜやるのか全く判らない。

メールを書く側が、読む側のことを想定していないのだ。

だからと言って、メールで細かく長い文章で書くのも困る。端的で簡潔でなくてはならないのだ。そのためには、メールを出す前に事前に話をしていないと、メールで全部を表すのは大変なのである。それに、読む側も長ければ面倒である。

私は、一日に500通を越えるメールが来る。社内メールの大半にはCCに私が入っているからである。それでも、私は、概ね1時間あれば200通くらいはさばくことができる。なぜ早くさばくのか、それは、メールはリアルタイム型のツールではないが、長い間放っておくものでもないからである。

最も簡単なところでは、「了解」とだけ返信すれば良い。しかし、この「了解」とほんの一秒で済むこともできない人が実に多い。相手から返信がなければ、送信者はまだ読まれていないのか、検討中なのか把握できない。

「了解」と返信できない人は、メールを読んでも、読んだままにしていることが多い。そういう人は、一日にメール100通程度でもさばくことができないだろう。これは、相手に大変失礼なことである。相手から、電話で「メールの件、どうなった?」と連絡が来る。すると電話で「OKです」と答える、なぜ、「OK」と返信できなかったのか、意味不明だ。どんなに忙しくても、「OK」と返信する一秒が取れない人は、忙しいのではなく仕事が下手としか言いようが無い。

さららに、”全員に返信”をすることができない人がいる。CCが付いているのにも関わらず、単に”返信”をしてしまうから、CCの人にその内容が伝わらない。なぜCCをつけるのか。それは、関連している人にも状況を知ってほしいからだ。それなのに、途中から結果が見えなくなれば、そのメールの報告は未だ完了していないと思ってしまう。

それに、メールは、電話と違って、結果が相手に残る。証拠となるのだ。電話では言った言わないになるが、メールではそうはいかない。証拠として残す必要があるものは、電話ではダメなのだ。逆に言えば、残ってはまずいものはメールではダメなのである。

どうも、メールを使えない人は、メールが面倒に感じているように見える。文章が苦手だと思っている。だから電話で済まそうとする。それだから、いつまで経っても電話とメールの違いを理解していない。だから、ずっとメールが使えない。

私は、海外に行くことが多い。海外に行くと、日本にいる時と違って、日本人のメールがいかに何を言っているのか理解できないことに気づく。同じメールでも日本にいれば、すぐに確認できるから、以外に感じていない。

それと、どうやらメールが使えない人は、そればかりか電話でのコミュニケーションも下手なように感じる。こちらは海外にいて、要点だけを聞きたいのに、電話が長く要点がつかめない。

メールが苦手だと感じている人は、文章が苦手なのではなく、そもそも自分のコミュニケーション能力は問題ないか点検する必要があるだろう。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2007年8月 7日 07:19