【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


世の中について  「活・喝・勝」


ポーランドの旅

フレデリック・ショッパンは、ジェラゾヴァ・ヴァラ村で生まれた。私の妻は、ショパンのノクターンと別れの曲がとても好きだ。長女は、幻想即興曲、次女は、子犬のワルツ、私は、英雄ポロネーズが好きである。

フレデリック・ショッパンという名は、ワルシャワ・オケンチェ国際空港の通称でもある。それだけショパンとポーランドとは切り離しができない。

ポーランドへの直行便はない。ヨーロッパかモスクワからの経由となる。

ロンドン経由でワルシャワのホテルについたのは、ポーランド時間の23時。時差はサマータイムで7時間だから、日本時間の朝6時だ。成田空港に向かい、ロンドン・ヒースロー空港を経由して、ワルシャワについたのは24時間後だったことになる。完全に時差ボケになっている。

ポーランドは、面積が日本の約5分の4と少しだけ日本より小さい。人口は、3千8百万人と日本の4分の1以下。ポーランドの周りには、ロシア、リトアニア、ベラルーシ、ウクライナ、スロヴァキア、チェコ、ドイツと7ヶ国と接している。

このような地理的要因から、ポーランドは、周辺の国から襲撃され、分裂、占領、滅亡の被害を繰り返し受けてきた。首都ワルシャワは、第二次世界大戦ナチス・ドイツによって街は壊滅的になった。

ポーランドへの入国は、スムーズだった。入国カードもない。入国カードがない国は、珍しい。飛行機の中でこれを書くのって結構面倒だから。

空港に着くと、手に花を持って出迎えに来ている人が沢山いる。非常に珍しい光景だ。ポーランドには、「再会する時には花を贈る」という習慣があるからだそうである。ポーランド人の心の優しい文化が感じ取れる。

ポーランドは、戦後、共産党による一党独裁体制であったが、1989年にワレサ議長が率いる「連帯」政権になって社会主義体制は崩壊した。今から18年前。EUに加盟したのは3年前の2004年だから、まだユーロもそんなに普及していない。急速の自由化が進んでいる感じだ。

物価は、日本の半分位だろうか。何でも安い。ポーランドの通貨は、ズウォティ。1ズウォティは約40円。 500ミリリットルのミネラルウォータが1ズウォティである。

ホテルは、ワルシャワの中心、ワルシャワ中央駅と隣接しているマリオット・ホテル。空港から40分ほどの距離。目の前には、トラムと呼ばれる路面電車が走っている。43階建ての近代的な高層ビルと、中世の雰囲気を残す町、レトロなトラムの走り、微妙なアンマッチ感がとても良い。

ワルシャワ中央駅の東側には、スターリンからの贈り物として立てられた文化科学宮殿がそびえ立っている。

37階建ての高層ビルの上に高さ234メートルの塔が立っている。ポーランド科学アカデミーなどの各種研究所、ポーランドテレビ、コンサートホール、劇場、映画館などが入る市内のどこからも見える巨大な建物だ。

この建物は、市内のランドマーク的なシンボルだ。しかし、ポーランド人は、「ソビエトが建てたワルシャワの墓石」として市民には評判が良くないらいしい。


カラフルなレンガ作りの建物と、高層ビル、色々な国に行って、このミスマッチ感を感じる街ほど、私はとても好きだ。

1週間のポーランドの旅が始まった。

さぁ、これから寝ようか、起きようか、夜中なのか、朝なのか、頭の中が狂っている。

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投稿者 :堀田信弘: 2007年8月27日 07:32