【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


嬉しい出来事  「活・喝・勝」


クラクフ市内

ワルシャワ中央駅は、 ポーランド内の鉄道の全ての列車が止まる中心駅だ。駅には改札がない。プラットホームまでポーターが荷物を運んでくれる。国内だけでなく、ヨーロッパ内の様々な都市と結ばれている鉄道も多いため、 色々な国の人がいる。

多くの人が行き交う中、ふと周りを見渡してみると、黒い髪をした人は、 私たち家族しかいない。こんなに多くの人がいるのに、日本人どころか、 どこにもいる中国人や韓国人のようなアジア人らしき人が見当たらない。中欧の中でも、 ポーランドまでくるアジア人は本当に少ないのに気づく。

ワルシャワ市の人口は、200万人ほどだから、ビジネス的にもまだまだなのだろう。 ガイドに聞いて見ると、今年の日本人の旅行客は、昨年の半分程度になるようだ。どういう理由か判らないが、減っているらしい。

ワルシャワからポーランド第二の都市クラクフへは、南へインターシティ(IC)と呼ばれる特急の国際列車で向かう。

IC列車の座席は、仕切り板で区切られたコパートメント形式、いわゆる個室。個室の特急は日本では珍しいであろう。食堂車もついているから、ヨーロッパに来た雰囲気が満点である。

クラクフへは2時間30分。緑あふれるポーランドの大平原地帯を行く。やはり、ヨーロッパでは列車の旅は最高だ。飛行機ではとても見ることができない光景、珍しい農村、広大な風景は決して日本では見ることができない。

北海道の比ではないほど広い農地。向こう側が見えないほど続くジャガイモ畑。馬や牛、ヤギ、羊の群れも見られる。白樺の並木も美しい。

都市部は、世界中どこも同じようになってきているから、その国を知るには、都市から離れないとその良さは判らないと思う。

クラクフへは、特急列車のため、一度も停車せず一気に走りぬける。

クラクフは、11世紀から17世紀にワルシャワに首都が遷都されるまでの約600年間、ポーランド王国の首都として栄えた。ポーランドの南部に位置し、ワルシャワに行くよりも、チェコのプラハ、オーストリアのウィーン、ハンガリーのブタベストに向かうほうが近い。

ポーランドの元の首都だけあって、ワルシャワよりも遥かに中欧の中の中欧という感じがする。観光客は、こちらのほうがずっと多い。

クラクフは、ポーランドで最も早く世界遺産に登録された場所である。

クラクフの市街地は、第二次世界大戦の戦火を免れ、そのまま中世の町並みが残っている。 市街地の中心部にある中央市場広場は、200メートル四方の広場で1257年に作られた。中世の広場としては、ヨーロッパでは最大である。

復元されたワルシャワの市街地と違い、まさに本物という感じだ。ここのスケール、リアリティは、ディズニーランドのそれとは比較できない。作り物ではなく、しかも、今でも生活している居住空間であるから、中世でありながら現代でもあるという不思議な場所だ。人も多い。

ポーランドに来て感じるのは、教会が多いことである。

ポーランド人の95%は、ローマ・カトリック教である。 2005年に亡くなった前ローマ法王のヨハネ・パウロ2世は、クラクフの近郊、ヴァドヴィツェで生まれた。クラクフの大司教だったが、58歳のときにローマ法王となった。飛ぶ教皇と言われ、日本も含めて100カ国以上の国を訪問している。

旧市街地にある聖マリア教会は、13世紀に建てられた教会で、ヨーロッパ最大のゴシック様式の祭殿があり、ステンドグラスの美しさとあわせ、その迫力には圧倒される。

すぐ近くにあるヴァヴェル城大聖堂は、3つの礼拝堂を持つ、11世紀に建てられたロマネスク様式の大教会だ。

こうして実物を見ると、歴史でならったバロック様式やゴシック様式、ロマネスク様式の違いが、初めて理解できた感じだ。

クラクフは、まだ日本ではあまり知られていないが、中世ヨーロッパの姿を知るには、最高な場所だ。本当に素晴らしい。

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投稿者 :堀田信弘: 2007年8月30日 13:18