ヴィリテカ岩塩坑は、クラクフから車で20分ほどの小さな町、ヴィリテカというところにある。こんなに近くにあるヴィリテカ岩塩坑とクラクフ市街地は、両方とも世界遺産に登録されている。しかも、この二つは、世界で最初に世界遺産に同時に登録された。世界遺産に最初に登録された12件のうち、2件がポーランドの直ぐ近くのものなのだ。
ヴィリテカ岩塩坑は、1250年頃から採掘された世界最大の岩塩採掘場である。ここに来るまで塩が岩から取れることを知らなかった。
距離300キロ、最も深いところは地下330メートルにもなる。観光客が行けるのは、地下135メートルのところまで。3キロ近い道のりを歩いて下る。岩は全て塩で出来ているから、地下の空気はミネラルが含んでいて美味しい感じがする。もちろん、岩を手で触ってなめて見れば、当然塩辛い。
地下には、想像もできないほど広い空間がある。複数の礼拝堂だけでなく、コンサートホール、はてはバスケットボールのコートまである。地下都市といった感じだ。塩で出来たシャンデリアもありただ広いだけでなく、美しい場所でもある。本当に人間の力は凄い。何百年も前に、こんな空間が作れるなんて驚きである。自然に出来た鍾乳洞とは違い、何万人もの人間が長い歳月をかけて作った偉大な芸術品と言った感じだ。
世界で最初に登録されただけあって、この場所が登録されないようでは、他は登録されないだろうというほどビックリした。
それなのに、私は、正直ポーランドに行くことになるまでは、クラクフのことも、ヴィリテカ岩塩のことも知らなかった。
恐らく、多くの日本人は、知らない人が多いのではないだろうか。
ポーランドに来て感じたのは、観光化が非常に遅れていることだ。ポーランドの歴史は、戦争歴史であり、観光などという平和の象徴はつい最近まで無かったからであろう。
スラブ人によるポーランドの統一国家が形成されたのは、10世紀ごろ。しかし13世紀ごろには、いくつもの国に分割されては統一を繰り返した。18世紀にはロシアなどによって、再びポーランド分割がされ、一度は地図上からポーランドの名前が消えた。
19世紀にはロシアに併合され、ポーランドが独立できたのは、1917年だった。しかし、20年後には、ドイツが不可侵条約を勝手に破棄して、第二次世界大戦が勃発した。
戦争途中でソ連もポーランドに侵入、戦後は共産党一党独裁の暗い時代に入る。今からわずか18年前の1989年、ワレサ率いる連帯によって、共産主義は崩壊した。しかし、同時に、国営農場や国営工場が倒れ、経済危機に陥った。
わずか4年前の2003年にEUに加盟するまで、超インフレと高い失業率が続き、人々の暮らしは楽にならなかったようだ。今でも、失業率は20%を超え、若者はどんどん他の国に行ってしまうため大きな社会問題となっているそうである。
こんな国だから、観光などまだまだなのである。
平和で、豊かで、アピールする力があったなら、ヨーロッパで最も美しい国に選ばれるだろう。
クラクフやヴィリテカが世界遺産に選ばれるほど、戦争の影響を全く受けなかったのは、皮肉なことに、第二次世界大戦のとき、その場所は、ドイツ軍が既に占領していたからである。
美しい場所、素晴らしい空間を見て、物悲しさを感じてしまう。
明日は、今回の旅行の目的のひとつであるアウシュビッツに行く。ちなみに、アウシュビッツは、クラクフやヴィリテカが登録された翌年、世界で2番目に世界遺産になったところである。
これもまた、同じ人間が作った場所だ。
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投稿者 :堀田信弘: 2007年9月 1日 16:14