私の会社の事務所には、ホワイトボードがずらりと並んでいる。各社が、それぞれ工夫して、目標を書くなどホワイボードを活用している。
会社設立時、私の自宅の隣に立てた6畳一間のプレハブにもホワイトボードはあった。ベトナムに事務所を作った時も、机の次に購入させたのは、できるだけ大きなホワイトボードだ。
今も、私の机の横には常にホワイトボードが置いてあり、いつもで活用できるようにしている。
私が、ホワイトボードを重要視し、活用する理由は、「議論に集中」させるためである。
逆に言えば、打ち合わせや会議において如何に「議論に集中」していない人が多い、あるいは集中出来ない人がいるということである。そして、その張本人は、私自身でもあるからだ。
だから、私はたった一人しかいないプレハブにもホワイトボードをおいた。つまり、たった人であっても、書いて見えるようにしなければ自分自身の考え、意見をまとめることが難しいのだから、そこにほんの一人加わった二人になるだけで如何に難しいかが判るであろう。
人は、耳から聞こえたもののうち、恐らく半分を理解していないはずだ。
半分は聞こえてはいるが、耳を傾けて聴いていないから、耳に入っても頭には入らない。それはなぜか、残りの半分を理解しようとするために、聞こえたものを頭の中で考え消化しようとする聴くモードに入っているから、その状態で次から次へと話が耳に飛び込んできても、同時に処理することができないのだと思う。
専門家ではないので、本当のことは判らないが、私の経験では、現実に100のことを話ても、半分の50しか理解できない人が多い。その確率は、人数が多ければ多くなるほど、もっと理解できない人が増える。それは、二人の打ち合わせより、三人の打ち合わせでは、同時に自分以外の二人の考えを理解しなければならないからである。
実はこんなことよりも、言葉だけの打ち合わせの場合は、論理的思考にならない点が大きいというのがホワイトボードを使う最大の理由である。
ホワイトボードに書いて、一緒にその絵の修正作業をすること、それは考えを具体化させる論理的な作業である。そこでは、感情や感覚的に物を言うというものを排除し、問題点を共有して、ホワイトボード上で結果を導く。
ホワイトボードに書かれたものが、それぞれの考えであり、最終的に出来上がったものが、これから目指す目的である。議論の見える化と言って良いだろう。
見える化をしないと、感情的な発言が多くなる。感覚的な軽い発言が多くなる。それは耳から聞こえたものを、自分の頭の中で勝手に判断して、勝手にそう感じ取ってしまうからである。言う側が判りやすく話して、相手が頭の中で描き易くしたとしても、聞く側が、自分の経験や感性にあわせ勝手に描いてしまうこともあるのだ。
見えるようにすることで、お互いの感覚のズレが露呈され、調整し補完する作業に入る。こうしてホワイトボードを使うことで、打ち合わせが済んだ後に、実はあまり理解していなかった、違う認識を持っていたというムダを防ぐことができるのである。
さらにもうひとつ、ホワイトボードを使う理由がある。
それは、論理的に話すことが苦手な人が多いからである。
人にとって、話すと書くとでは、話すほうが遥かに難しい。話はリアルテイムだ。頭の中で論点を組み立て、リアルタイムに口にしなければならない。しかも、口にした言葉には、言い方や言い回し、テンポ、トーン、あるいは表情や身振りなどによって、同じ内容でも伝わり方が異なってしまう。リアルタイムに伝わるのだから、聞くほうもリアルタイムに各々の感性でそれぞれ違った感じ取り方をする可能性がある。
それに対し、書かれたものは、頭の中を整理したものであり、余計なものを取り除いた核となる部分を表現したものである。それがホワイトボードであれば、修正もできるし、書きながら自分の考えをその場でまとめることもできる。
だから、ホワイトボード使って、書くことで話を論理的にまとめる力を養うのである。
ところが、論理的に話すことが苦手な人は、ホワイトボードに書くことも苦手であると言って間違いない。
もし、リーダーがそうであるならば、そのリーダーが発していた言葉は、半分も部下に伝わっていなかったであろう。それと同時に、そのリーダーは、ホワイトボードを上手に使っていなかったはずだ。
聴く見る話す、これは組織を統制する上で最も大切なことである。
最も大切なことのために、何ができるか。リーダーは考えるべきである。私は、ほんの小さな取り組みであるが、ホワイトボードの活用が一番であると考えている。
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投稿者 :堀田信弘: 2007年10月17日 06:46