【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


経営者について  「活・喝・勝」


明日は明日の風を吹かす

プラス思考と楽観主義は違う。明日は明日の風が吹くと、明日何が起きるかを考えてくよくよするよりも、明日になってから考えようというのは、まさに楽観主義者である。

確かに、今日吹いている風と明日吹く風は違うのだから、今日の時点で明日の風を考えていても始まらないというの一理ある。しかし、経営者において、明日のことは明日考えれば良いというのはあまりにも無責任であり、能がない。

沖縄の方言に「なんくるないさ」というのがある。

沖縄の人は、南国という土地柄か概して楽観主義である。だから、「なんくるないさ」は、「何とかなるよ」と訳されているようである。

でも私は、本当のプラス思考というのは、「何とかするさ」だと思っている。

「何とかする」のと「何とかなる」とでは、全く意味が違う。

「何とかする」は自発的であり、「何とかなる」は受動的である。

経営者において、「何とかなる」という論理は通じない。「何とかする」のが仕事だ。

プラス思考と楽観主義を混同している。

「何とかなる」と楽観的に考えても、何ともならない。明日は明日の風が吹くとは限らないのである。

私は、そういう意味では限りなく悲観主義者かも知れない。だから、こそプラス思考にする努力をしているのである。

私は、泣き虫である。弱虫である。臆病である。

そして、強がりである。でも、強がることがプラス思考なのではないか。生まれながらのプラス思考などあり得ない。プラス思考というのは、プラスのことを思考するのであって、楽観的に時の流れに身を任せるのとは違うと思う。

私は、プラス思考である。それは、そのように心がけているからであって、生まれながらの無意識に持ったものではない。

私は、泣き虫である。弱虫である。臆病である。だが、私は、強がりなのだ。そこに、プラス思考の意味がある。

強がりだからこそ、明日は明日の風を吹かそうとする。風を自らの力で吹かせることで、その場の窮地を逃れようともがくのだ。

だから私は、何も考えない楽観主義者を見ると、羨ましく思い、同時に嫉妬する。でも、私はプラス思考者だから、楽観主義の経営者を見ると、あまりにも無責任であり、能がないと感じ、勝手にすればと関わりを放棄する。

私は、悲観主義者を応援したい。悲観主義者こそ、プラス思考になれる可能性があるからである。考えてみれば、「何とかなる」と楽観的に考えている者が、何が何でも「何とかする」というプラス思考になれるだろうか。

もちろん、「もしかして上手く行かないかも知れない」と考える悲観主義者が、「きっとやっても無駄だ」とマイナス思考になるのも当然である。

でも、何とかならないのを何とかするのが、プラス思考であろう。

何とかなるだろうと考えられるものは、誰だって何とかなるさ。

プラス思考なんてものは、弱い自分との戦いだけなのだ。そんな単純なことさえ判っていれば、何ともでもできるだろう。

私は、明日は明日の風を吹かせることで、何とかしたいと考えている、小心者である。人間なんて、そんな程度のちっぽけなものさ。

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投稿者 :堀田信弘: 2008年6月21日 06:22