私は、若者が好きだ。真っ直ぐに勢い良く走り抜けて行く若さと、真剣な眼差し、若さは素晴らしい。
そんな若者が集えば、それだけで活気がある。そんな国がベトナムである。私は今月も、疲れきっている自分自身の若さを取り戻すため、大好きなベトナムに向かった。
先週、私は、いつものようにベトナム・ホーチミンに向かう途中、台湾・桃園国際空港を経由した。桃園空港のホーチミン行き搭乗ゲートには、沢山の乗客が待っていた。
そんな中、5、6人の若い男女のグループが、乗客の注目を集めていた。
男達は、太めのズボンを腰まで下げ、女達の腕には刺青らしき模様が描かれていた。
音楽にあわせ、床の上でクルクルと回ったり、逆立ちをしたりして、ヒップホップ系のダンスを踊っている。円になり、他人は近づけないような見えないバリアで囲まれている。
日本の駅前や路上では時より見かける風景であるが、ここは海外の空港で、搭乗ゲートの前である。私は、その光景を苦々しく眺めていた。
すると、私の隣に座っていたご婦人が「怖いわね」と日本語で呟いた。
私は、その言葉を聴いて、「これは確かに怖い」と感じた。少なくても、飛行機の中では、隣り合わせの席にはなりたくない。
彼らは、誰がどう見ても日本人である。
私は、この恥さらしの日本人に、恐ろしさと、殴りたくなるほどの憎しみの感情を抱いた。
ご婦人が言った"怖い"と言う言葉に象徴されるように、異常で狂気じみている。搭乗ゲート付近で、乱舞する彼らの行動は、周囲の人間を威嚇しているかのようにさえ見える。
彼らを見つめる多くの外国人は、日本人のご婦人よりももっと"怖い"と感じるに違いない。
私は、これまで何十カ国もの国に行ったが、空港という公共の場でこのような光景を見たのは初めてだ。
踊り好きのスペインでもイタリアでも、こんなことはあり得ない。
なぜ、日本人の彼らは平気なのか。なぜ、彼らは、怖いと思われるほどの存在になったのだろうか。
今から、彼らは、若者の多いベトナムに向かう。彼らは、あの格好で、集団で歩き、ホーチミンで何をしようとするのか。私の大好きな国で、何をしようとするのか。
そう考えると、あのご婦人が行った「怖いわね」という言葉は、彼らの身なりや格好だけでなく、日本という国が、酷く見っともない国に墜落して行く怖さを表しているようである。
こんな若者が、海外に出かけ、どんな恥をさらすのかと思うと、彼らに日本文化、思想、宗教、日本人というステータスが破壊されているように感じる。
親が子を殺し、子が親を殺す国と恐れられるようになった日本。外国人の憧れの街アキハバラで、何の関係もない人を、次々に刺し殺す無差別殺人が起こる国、日本。死体をバラバラにして捨ててしまう国、日本。
日本は、海外、とりわけアジアの国々からは、間違いなく怖い国に映っている。
その怖い国から来た刺青姿の、醜い格好の若い集団。日本のヤクザでも、こんなことはしないだろう。目の釣り上がったあの集団は、ヤクザのような義理も人情も感じられない。
私も、若い頃の格好はまともではなかった。でも、私には勇気がなかったのか、ほんのわずかな常識があったのか、搭乗ゲートの前で音楽をかけて踊るという発想はなかった。
このような若者は、今の殺伐とした日本では、増えることはあっても、減ることはないであろう。
私は、若者が好きだ。それは、真っ直ぐに勢い良く走り抜けて行こうとする若さと、真剣な眼差しが眩しく感じられるからである。
しかし、あの若者達は、ベトナム人のように真剣で眩しい眼差ではない。目は釣りあがっているが、一人一人を引き離して見ると、目の輝きがなく、なぜか悲しそうで、可愛そうに見えた。
あれは、年は若いが若者ではない。若者の格好をした夢のない年老いた若者だ。
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投稿者 :堀田信弘: 2008年7月 6日 17:35