最近徹夜をしていない。私は、二十代の頃、エンジニアであった。顧客システムのメンテナンスを担当していたため、メンテナンスが行える夜間、休日の仕事が多分にあった。
平日は、休日作業を完璧にこなすために、念入りにスケジュールと手順を作成した。
何度も、作業イメージを想定し、顧客のサービスが停止している間に作業が完結するようシミュレーションをした。数人で異なる作業を分担し、作業効率化も検討する。ガントチャート図を書いて、どこをどの順番で、誰が何を担当したら最も早く終えることが可能になるかを練った。
限られた人数と限られた時間で、絶対に時間オーバーを許されない作業。何度もガントチャート図を書き直し、どうしたら作業効率が高まるか最適化を求めるのだ。これが私の仕事であった。
土曜日の夕方から月曜日の朝までが、本番として与えられた作業時間だ。作業は、いつも徹夜覚悟である。
作業当日に向けて、月曜日から金曜日までも徹夜になることもしばしば。特に金曜日の夜は、何度も見直しを繰り返し、土曜日の朝を向かえることも多かった。
集合時間は、土曜日の18時。途中で夕食を食べなくてもすむように、直前に食事をしてから集まる。
そして、いざ作業開始。最初に行うのは、大量の磁気テープを何台もの台車に積み、使用する順番に並べる。私は、これがコンピュータのエンジニアの仕事かと疑問に思いながら、走りまわる。
休憩時間などない。ガントチャート図に示した自分の時間をクリアーする、これがまず目標。そこで、他の人と待ち時間が生まれると、それが束の間の休憩時間になる、。自分が遅ければ、他の人は待ちになり休憩でき、私は迷惑をかけることになる。自分のほうが早ければ、休憩できるのだが、一人が大幅に遅れていると、自分の次の作業時間が圧迫される。休憩しようか、前準備をして次の工程を短くしようか考える。
あれほど徹夜までして練ったガントチャートも、いつも必ずのように思うように進まない。そして、月曜日の朝のタイムリミットまで、ギリギリの挑戦が続くのだ。もちろん、その間は一睡もしない完璧な徹夜である。
月曜日の零時を向かえ、残り6時間ほどになると、それまでの眠気など一気に吹っ飛ぶくらい緊張が走る。胃が痛くなる。冷汗がでる。そして、朝陽が憎く思う。
このような作業を、週末や、ゴールデンウィーク、正月に行っていた。年末年始は、何度も計算機室で年を越した。
振り返ると、決して仕事は楽しくなかった。月曜日の朝、何事も無かったように動き出す大型コンピュータを見て、正常に動いて当たり前の作業に虚しさを感じていた。
そして仕事も辛かった。でも、二十代の私は夢中だった。虚しく、辛くもあったが、決して嫌いではなかった。それは、仕事の内容がどうのというのではなく、その世代にあった無我夢中で仕事をすることを体験できていたからだと思う。
学生時代、勉強が嫌いで、試験の前日くらいは徹夜をすることがあっても、この時の仕事のように、何日も徹夜をするようなことは全くなかった。これほどまで徹夜を繰り返せるのなら、もっと勉強も出来ていたかも知れない。
私は最近、徹夜ができなくなった。するきっかけもなければ、しようとも思わなくなった。何か、体力やら精神力やら、緊張感やらが弱まってしまったのかと我に返る。
二十代の頃の、あの意欲、無我夢中でやりきろうとするバイタリティ、懐かしく思う。
私がこのような状態では、とても今の二十代、三十代の若者に、不眠不休でやり切れなどと言える立場にない。だからなのだろうか、不眠不休を覚悟して何としても達成するというような意気込みが感じられないのは。
辛い仕事は嫌なのか。そこまで仕事にのめり込もうとしないのか。無我夢中になれないのか。やっても報われないと感じるのか。
私は、自らが徹夜もできない状況を振り返り悲しみを感じる。そして、同時に、折角若いのに徹夜もしない姿を見てまた悲しみを感じる。
若い世代を走らせるには、自分も同じスピードで走る覚悟が必要なのであろう。私は、それが欠け始めてきたと反省するばかりである。
もう一度、不眠不休に挑戦したい。一生に一度、無我夢中で我武者羅に打ち込んでもらいたい。私も、その意気込みに付き合いたい。
起業を目指し、会社を興したら、不眠不休など死ぬ覚悟に比べれば、大したことはない。やって当たり前のことだ。それができないのなら、体力のある若者が若さを生かし、無我夢中で走りぬけることができる特権を、自ら放棄するようなものである。
放棄するのなら、私にその体力を譲ってくれないか。私は、その若い体力が喉から手が出るくらいほしい。
最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。
毎朝6時に社内朝礼ブログをこちらで公開しています。こちらもご覧頂けたら幸いです。
この内容に共感頂けたらこちらをクリックして下さい。ありがとうございます。
投稿者 :堀田信弘: 2008年10月22日 05:07