子供への愛情とは、何をすることか。子供に愛情があるということは、どういうことで、愛情がないというのは、どういうことであろうか。
部下への愛情とは、何をすることか。部下に愛情があるということは、どういうことで、愛情がないというのは、どういうことであろうか。
社員への愛情とは、何をすることか。社員に愛情があるということは、どういうことで、愛情がないというのは、どういうことであろうか。
この3つを上げたのには、理由がある。
私が管理職であった時の立場で回答するのなら、子供への愛情と部下への愛情の共通点として、成長することと答えるだろう。
子供には、父親の愛情と母親の愛情が注がれる。一般論として、母親は、日々の子育てを通じて、母親の優しさと、日常のしつけをする。父親は、社会に出た際の厳しさと、一方で非日常的な楽しさを提供する。
この前提が正しいかどうかは別にして、私は、部下への愛情は、母親の愛情に似ていると感じる。
毎日、傍にいて、叱ったり、褒めたりしながら、成長してほしいと願う、これが、子供への愛情と部下への愛情の共通点ではないだろうか。成長を願う心、これこそが愛情だと思う。
本来、母親の愛情と上司の愛情を一緒にすること自体がナンセンスであるが、母親のように、子を慈しみ養い育てるような気持ちがないと人は育たないのだと思う。
そしてもうひとつ、経営者として考えた場合、社員への愛情と子供への愛情の共通点は、私なら包容力だと答えたい。部下への愛情が母親の愛情と同じなら、社員への愛情は、父親の愛情表現に似ている。
部下の失敗をどれだけ許容できるか、信じることができるか、例えミスしても何度までチャンスを上げられるか。部下を一人前の人として認めれあげられるか。さらに、新しい経験をさせられるか、旅に出すことができるのか。
父親の愛情は、母親よりも遠大で、 かつ包容力に包まれている。日常よりも、非日常を活用しながら、ある意味で母親よりも厳しいことを、包容力という母親とは違った愛情で包みこむ。経営者には、この包容力が必要なのであろう。
成長することと、包容力。
どちらも重要なことだ。
だが、この考えは、私の想いであり、誰にも否定も肯定もできない。当然、この考えを強要も、押し付けもしない。愛情とは何かついて、答えのないことで議論をしても始まるまい。
で、もう一度、経営者に尋ねよう。社員への愛情とは、何であろうか。
あなたは何て答えるか。
私は、あなたがどのような答えを出すか、答えの内容に興味はない。私の考えを認めてほしいと思わない代わりに、私もあなたの考えに否定も肯定もしない。
私は、なぜこのようなブログを書いているのか。それは、私の考えを参考にしてほしいのではなく、私の題材、私の考えに対し、自分自身の考えを持ってほしいのである。
だから、私は、質問をされて、一瞬の間もなく、答えることができるかどうかに関心がある。
つまりは、社員への愛情をどう普段から考えているかを聞きたいのだ。普段から考えていれば、言葉がどうであれ、答えることは簡単だ。答えの内容は、たった一点だけ、普段から考えているということであれば、それで良い。普段から考えてもいないのに、思いつきの回答など聞きたくもない。
問題は、答えることができないような人が、経営者として、社員のトップに立っていることである。
それは、社員への愛情がないに等しいことなのだ。
もし、答えることができない人がいたならば、まず心の中で社員に謝るべきだ。そして、反省して、自分なりの愛情論を持つべきである。
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投稿者 :堀田信弘: 2008年10月30日 05:46