【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


クラウドについて  「活・喝・勝」


企業価値を高める

私は、ドリームクラスターの株式を売却しようと考えている。これは突然の思いつきでも、苦し紛れでもない。4年前に会社を興した時から、経営と執行を分離すると事業方針に明記してある。

そして、私が、兼務しているライジングマスターにおいても、増資をし、他者の資本を受け入れたいと考えている。さらに、他のグループ会社も同様に考えている。

株主と経営と執行の分離と言いながら、株主も経営も執行も一体になっている。他者が入り込むことが恐ろしいか、それでも自由気ままに好きにしたいのか、自問自答する。

私の経営感は、経営とは組織創りである。その組織がどのような価値があるか、私は、企業価値を高めることこそが経営者の役割だと思っている。

ある人が、ドリクラを買いたいと考えるのなら、それほど嬉しいことはない。ドリクラに興味を持ち、価値を持ち、得たいという気持ちを持たせたのだから。その逆であったなら、企業価値が低いということで、経営者としての能力が同じく低いということではないか。

しかし、私のこの単純で明快な考え方は、そのもとで働く人たちには受け入れがたいであろう。

それはなぜか。

やりづらくなるからか。方針が変わるからか。乗っ取られて、自由が利かなくなるからか。

もし、そうだとしたら、私は悲しい。私の力不足を感じる。今がやりやすく、自由で、厳しい責任や追及もされないと考えているのなら、私の甘さを言っているようなものだ。

私は、企業価値を高めたい。それは、私の組織創りが正しかったかどうか見極めたいからだ。

私は、私のやり方に固執したくない。私は、私よりも有能な人が現れるべきだと思っている。もし、現状がピークと考えるのなら、それ以上にするには、人もやり方も変わらなくてはダメだ。もし、これが限界だと感じるのなら、それでも人もやり方も変わらなくてはダメだ。つまりは、いつでも変わらなくては行けないという気持ちを持つことは重要なのである。

経営とは何か。組織を創ることだ。企業価値を高めることだ。誰が株主になろうと、どのような経営体制になろうと、私は私の役割を担う。私がいなくては、この組織はダメになると言わせるのも良かろう。

私の大嫌いな言葉に、雇われ社長というのがある。誰が名づけたのか知れないが、大いなる間違いをしている。そもそも社長とは雇われである。雇われない社長などいない。それを低俗的な呼び方をするのは問題である。

社長は、株主に雇われているのだ。株主は、社長を選び、社長をクビにする。それがお金を出した株主の仕事だ。その株主と社長が一体で、何が上手く行くのか。一人芝居ではないか。

私は、株主が誰になろうが、経営者がしっかりしていれば何ら問題ないと思っている。株主と経営者の癒着、慣れ合いは決して良いことはない。経営者に甘さと逃げ道を用意するだけだから。

なぜ、こんな単純で当たり前のことが、心情的に感情的に理解されないのだろう。私の身勝手からか、私だけが得をしようとしているように見えるからか。

私が逃げようとしているように見えるからか。

私は、それを理解させることができず、悲しく思う。私の大嫌いな言葉は、雇われ社長だ。なら、私が雇われ社長になって、そのことが大したことでないことを証明しようかと思う。私は、私の役目をするだけで、誰が株主になろうが、誰が経営者になろうが、会社が発展し、社員の幸福が実現できるのなら、最善の策を取るべきだと思っている。

家族だけでお店を経営する方法もある。それはそれで否定しない。

やがて大きくなり、従業員を雇うようになる。そして、さらに大きくなると、管理職を設けたり、役員に抜擢したりする。役員には、株式を持たせることもあろう。

そこまでは私会社である。個人所有の私会社から脱皮させ、真の法人格にするには、役員も株主も多様にしなければならない。取締役の役割は、お互いを取り締まることであり、上下関係はない。取締役は、株主に監視され、株主は自分が投資したお金を増やそうとする。これが自然の流れである。

でも、普通の会社は、この自然に流れに反している。株主も取締役も関係ない。社長が、誰にも邪魔されず、ただ気ままにやりたいと考えている。私は、そういう生き方をしたくない。

会社は、私のものではない。私は、器を用意し、その器に集まってくれた社員の生活を守る使命がある。そのためなら、どんなことでも受け入れる覚悟がある。

会社という法人にした以上、当たり前の形にしたいだけだ。それは上場を目指す訳でなく、ただ単に会社という組織を強く、打たれ強くしたいからである。

私は、経営者の成績表は、企業価値をどれだけ高めたかだと考えている。企業価値とは、企業そのものも商品価値である。

価値である以上、値段が付く。利益額、資産、現金といった現有するお金が元に算出される。さらには、取引先、技術力、営業力、離職率、そして借金分が控除される。

私は今、グループ会社の社長に企業価値を意識した経営をするよう指導している。自分の会社がどれくらいの価値があるか理解するように求めている。

企業の最大の商品は、企業そのものである。その商品価値をどれだけ上げられたかが経営者の成績なのだ。

なぜ、私は、企業価値を高めることを求めるのか。それは、社員を守りたいからである。オーナーが誰になろうと、企業価値が高ければ、社員の生活は守られる。私よりももっと有能で、力がある人がオーナーになったほうが社員が幸せになれるのだ。

私は、本気でそう思っている。私は、会社を作った時から、自分には経営能力がないと知って、これまでやってきた。私以上の人に継いでもらうことが、社員を幸せにすることだと私は、確信している。

私は、そのために私でできる範囲で企業価値を高めようと思う。全ては社員のために。

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2008年11月25日 05:56