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企業経営について  「活・喝・勝」


生まれるものもあれば死ぬものもある

西アフリカにある人口約600万人のシエラレオネ共和国は、平均寿命が34才と世界で最も短い国である。1歳未満の児童1,000人当たりの死亡数は、約170人と1980年以降毎年ワースト1位だ。

誕生した赤ちゃんの17%もの子供が、毎年亡くなっている。その原因は、栄養失調による体力の低下から招く、感染症や下痢などである。

昨日は、私の亡父の71回目の誕生日だった。父は、58才の誕生日を迎えた20日後に亡くなった。シエラレオネ共和国の34才よりは長生きしたが、日本の平均寿命からすれば、30年ほど早すぎた。

日本の中小企業の死亡率は、シエラレオネ共和国の数字を遥かに上回る。

現在の日本では、会社設立3年以内の企業倒産率は3割を超えている。つまり、生まれたばかりの新生児企業は、栄養失調による体力の低下による資金不足で3年に以内に3割が倒産しているのだ。

起業しても、3年を生き延びられる確率は、6割強しかないのだ。ドリームクラスターは、何とかその6割強に入ることができたが、実は、4年目以降の生存率はもっと厳しい。

会社の平均寿命は、1930年代は約60年と言われた。それは、豊富な資金力がある人しか会社経営などできなかったためであり、創業してからある程度体力が温存できたのである。

それから30年後、高度成長期に入り、1960年代にはそれまでの半分の30年になったそうだ。

さらに30年後のバブル崩壊後の1990年代には、さらに半分の15年と短くなった。これは、経済のスピードが速くなればなるほど、企業の寿命は短くなっていくということである。

そしてそれから10年後の2000年時点で、企業の平均寿命は、10年になったと言われている。

さらに、創業して10年以内に9割以上の会社が倒産している。10年以内に倒産せずに生き残る確率は実に1割である。そして、今から1年後の2010年ごろの企業の平均寿命は1990年代の約半分の8年程度になるのではとの予想がされている。

人間に例えると、企業の成長スピード、あるいは死に向かうスピードは10倍以上だ。企業の1ヶ月は、人間の1年と同等スピードで衰えて行く。

わが社は、今年、6期目を向かえる。人間の60才という還暦を向かえるのに等しい。平均寿命の80才まで、あと2年という猛スピードで過ぎて行く。これから先の4年後までに生き延びられる確率は1割だ。

わが社の社員の平均年齢は、シエラレオネ共和国の平均寿命と同じ34才前後であろう。

一方は、もうすぐ寿命を向かえ、一方は、ビジネスマンとして最も油が乗った頃を向かえる。

そしてこの私は、そのどちらからも既に10年以上過ぎている。そう考えると、いつ何が起きてもおかしくない。いつでも今が最期と考え、一瞬一瞬を悔いのないように生きたい。

どんな人間にも必ず寿命がある。長いか短いかは分からないがいつか必ず最期を向かえる。しかし、企業は違う。

人が変わり、やることが変わり、いつでも生まれたばかりの緊張感と、いつでも死を覚悟した意識があれば、人から人へバトンタッチすることで、人間の寿命を遥かに越える生命が宿る。

しかし、人が変わろうが、変わるまいが、生まれたことの喜びに浸り、死ぬことなど遠い未来のこととのん気でいれば、明日にでも死んでしまう可能性がある。何せ、企業の寿命は、シエラレオネ共和国の平均寿命34才を大きく下回る8才になろうとしているのだから。

生と死。生まれるものもあれば、死ぬものもある。

日本の34才の若者には、寿命など程遠いことだろう。しかし、同じ34才でも企業経営者なら、奇跡的とも言える10年以上生存率1割の厳しさを知り、その一方でうろたえることなく、何としてもその1割の仲間に入る意気込みを持つ必要があるだろう。

そんなに簡単なことではない。そんなに甘いことではない。それを十分に認識すること、そして、そんなものを吹き飛ばす勢いを持つことだ。

シエラレオネ共和国の現実は、このように文章で読んでも実感がないことだろう。だが、これは現実である。この瞬間にも何人もの赤ちゃんが死んでいるのだ。

そして、これ以上の惨事が、日本の企業では現実として起きているのである。しかも、今年のこの惨事は、例年のそれとは比較にならない大参事である。今もこの瞬間、この現実を知らない浅はかな経営者のお陰で、何万人もの失業者が生まれているのである。

今から8年ほど前、私が独立する2年ほど前のことである。私は、当時の社内報で、この内容と同様のことを書いた。それ以来、企業の平均寿命10年、10年以内に9割の会社が倒産することを強烈に記憶している。

だから、私は、会社を設立してから、毎日のように企業の生と死を意識するようになった。死を考えると、恐怖のあまり逃げ出したくなる、眠れない。だが、決して死から逃れることはできない。だから、必死で今を生きるしかない。

私は、必死で生きるためには、死の存在を知ることが重要だと思っている。もし、シエラレオネ共和国に生まれていたら、誰もが必死で生きようとするであろう。今の日本のように、自ら死を選択するようなことはしないであろう。放っておけば直に死ぬ状況におかれ、何を食べてでも必死で生きようとするに違いない。

それは、企業経営者でも同じだ。今、生き延びていることが当たり前ではない。もはや、こうして存在できることが奇跡的なのかも知れない。それ位に、企業の死は常に迫っているのだ。それを知らなければ、必死で生き抜こうという考えが生まれないはずである。何が何でも生きようとしないはずである。生きていることが当たり前ではないのだ、奇跡的ながらも生き抜こうとする強い意志がなければならないのである。

だから私は、経営者なら、企業の死がそばに迫っていることを常に認識し、とてつもない恐怖と戦い、うろたえ、もがき、そしてその中からほんのわずかな偶然、奇跡的な可能性に託し走る必要があるのだ考える。しかも、毎日毎日、ずっとだ。

生は嬉しいことばかりではない。生さえなければ死もないのだ。生があるから悲しもある。だが、それでも生をもたらすことは、重要なことなのである。

生と死。生まれるものもあれば、死ぬものもある。人間であれ、企業であれ、生まれた瞬間から死に向かって刻々と歩み始めるのである。その長さは、それぞれによって異なるが、生まれた瞬間から死に向かってことは皆同じである。

限りのある人生、寿命。だからこそ夢中で生きてみたい。

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投稿者 :堀田信弘: 2009年1月 5日 05:16