今、アメリカでは"Change"をスローガンにしたオバマ大統領が圧倒的な支持率で、国民の先頭に立って変革を起こそうとしている。
"Change"を支持した国民だが、変革を成し遂げるには、国民自身にもその影響を受ける覚悟がなくてはならない。国民自身にも変革を求められるのだ。変革は、時に、不平等だ。それは不平等を平等にしようとするからであり、一方の痛みを伴う。
何かを変えるということは、変わっては困る人と、変わってほしい人との綱引きが起こる。変わっては困る人は、現状よりもメリットが下がる人である。でも、メリットが下がる人がいなければ、その下がった分のメリットを受ける側を作ることはできない。変わってほしい人は、現状よりデメリットが下がる人である。デメリットが下がれば、メリットが上がると期待できる。
政治における変革とは、そのようにわずかな人だけが受けていた恩恵の割合を下げ、その分を圧倒的多数に分配することである。富の再分配をすることでもある。そのためには、国のあり方を変え、国際社会における立ち位置を変え、制度や方向性を変えることで、権限や、富の再構築を行うことで、国を活性化させ、強化しようするのである。
2009年1月 9日の『変わる勇気と変わらぬ覚悟』の中で「私は、少しでも現状よりも良くなる可能性があるほうを選択する。現状より悪くなるリスクをとっても、私は変えることを優先する。」と書いた。
「私は、変わらないことよりも変えることを選ぶ。変えることのほうが、変えないことよりも勇気がいる。変えるということは、現状よりもマイナスになることもあれば、プラスになることもある。変えようとすれば、プラスマイナスゼロの現状に落ち着くことはない。でも、変えるということは、悪くなることだけでなく、良くなる可能性があるのだ。」と変わることの大切さを唱えた。
変わることに対し、私は、"これは私自身の生き方である"とこの気持ちが如何なることがあっても変わらぬ覚悟であると言いきった。
私は政治家ではなく、事業家である。政治家は、国民の代表として、国のあり方を変化させ、国民を守ることである。事業家は、企業と関わりのある社員、株主、取引先という全てのステークホルダーの代表として、企業のあり方を変化させ、全てのステークホルダーを守ることである。どれか一つだけを守るのではなく、全てに対し守るということである。
しかし、現実的に、何かを変える、変革するということは、その結果、全てのステークホルダーに影響が出る可能性がある。そしてまた、その影響範囲は、関わるステークホルダーによって、残念ながら不公平である。
経営者なら、できる限り公平に、平等に、全てのステークホルダーに全く影響を及ぼさないようにしなければならないようにすることは当然なこと。最初から社員だけにシワ寄せが行くようにしたり、既存株主を無視したりするようなことを考えているようだは話にならない。
できる限り公平に、平等に、全てのステークホルダーに全く影響を及ぼさないように配慮する。しかし、それでも残念ながら不公平感がでてしまうものである。だが、それでも変革を断行しなければ、全てのステークホルダーを守ろうとすることなどできないのである。
私は、変わらないことよりも変えることを選ぶ。しかし、一部の者のみが得しり、損したりを前提にした変革をするつもりはない。全てのステークホルダーのことを公平に、平等に考えた上で、変革とは、それでもやむを得ず一部に歪みがでることを覚悟の上で、変化をもたらすことである。
経営とは、情であり、非情なものだ。情を大切にして、非情なまでに突き進む。
それは、すべてを守るためである。しかし、繰り返しになるが、変革をすることは何かを失うことである。何かを得るためには、失うことを覚悟しなければならない。
私は、変革を断行するにあたり、捨てる勇気がなくてはならないと思っている。非情な限りだ。だが、全てを守るためには、それに反発する何かを捨てなければ、残りの全てを守ることができないのである。
そして、それを捨てる勇気を持つには、私自身もそれに見合うものを捨てなければならないであろう。
例えば、地位、名誉、報酬、立場、権限。私は、それらを捨てる勇気を持ち合わせている。なぜなら、元々私にはないものであり、そんなものを守るべき理由などない。
だから、私は、逆に地位、名誉、報酬、立場、権限にこだわり、変革に抵抗するようなことがあれば、堂々と切り捨てることができるだろう。そんなものにしがみ付くようなものに、もはや情を感じることができないからである。
私は、変革を望む。私の立場がどうなろうとも、どんなに抵抗があろうとも、私は全てのステークホルダーを守るために変革をし続ける。もし、たった一人のあるいは数人の、私が本来守るべきステークホルダーに属している誰かが抵抗しようとも、私には、残りの大多数のステークホルダーを守る責任があるのだ。
この覚悟は、どうしても捨てることができない覚悟である。
捨てる勇気と捨てない覚悟。私が、変わる勇気と変わらぬ覚悟を持ち続けることができるのは、捨てる勇気と捨てない覚悟があるからである。
経営は、情であり、非情である。情を守るためには、非情にならねばならないのである。またそれとは逆に、情をも捨てなければ、全体を守るための非情な判断はできないのである。
捨てる勇気と捨てない覚悟。変革をするには、無くてはならないことである。
私は、捨てる。得たものを、これから得るために捨てる覚悟だ。
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投稿者 :堀田信弘: 2009年2月10日 05:26